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第12章 法廷に正義が蘇った

妙観講不当訴訟は、平成十八年六月二十一日に、妙泉坊に対する電話盗聴を行なおうとした辻栄三郎に対する証人尋問をしたことによって流れが大きく変わったとみられた。辻の証言は原告妙観講らにまったく不利なものであり、「妙泉坊の件」が電話盗聴未遂事件であることを白日のもとに晒した。

◆脳裏に焼きついた真実

平成十八年十月十一日、渡辺に対する尋問がさいたま地裁川越支部において行なわれた。渡辺の証人尋問は、本来、辻と同じ六月二十一日に行なわれる予定であったが、体調不良のため延期され、この日になった。尋問がさいたま地裁川越支部で行なわれたのも、渡辺の健康状態がおもわしくなかったためである。尋問の途中、看護師が何度か渡辺の容態を看るなどした。渡辺はそのような健康状態の中であっても従前と変わらぬ真実を述べた。妙泉坊電話盗聴未遂事件とその命令系統について、渡辺は次のように証言した。

被告創価学会代理人新堀

新堀 あなたは、宣徳寺盗聴等のほかに、八木大石寺主任理事が居住する妙泉坊も盗聴しようとしたけれども、電話線が束ねられて地下にあったために盗聴できなかったということをこれまで何度も証言されていますね。

渡邉 はい、そのとおりです。

新堀 妙泉坊の盗聴はだれが指示したんですか。

渡邉 最初は大草氏です。

新堀 小川住職の了解もとったわけですか。

渡邉 これは事前に了解をとらないとまずいと思いまして、私がじかに小川御住職に了解をとりました。

新堀 どうしてまずいんですか。

渡邉 秋元広学御尊師も役僧で高僧で立場の高い方ですけども、八木主任理事は、今はもうご隠居されてますけども、当時の御法主上人猊下の一番弟子で、大石寺の主任理事で、事実上の大石寺を仕切ってるナンバーツーの方ですから、そういう方のところを盗聴するっていうようなことは、よほどのことがない限りできないと思ったので、発覚すれば破門になることは間違いないので、じかに、本当にそれでいいのかということを御住職に伺いました。

新堀 小川住職に聞いたところ、小川住職は何と。

渡邉 上が知ってるんだから、そんなことは君がごちゃごちゃ言うことじゃないんだという言い方をしました。

新堀 上っていうのはだれのことだと理解しましたか。

渡邉 そのときは結局、大石寺で八木信瑩御尊師を、あの立場の方を盗聴していいっていうことで、盗聴するということで小川御住職がおっしゃって、上が知ってるって言ったら、その上っていうのは御法主上人猊下しかいらっしゃらない理屈になるわけです。そういうふうに、そうかなというふうに思いました。

新堀 小川住職は妙泉坊を盗聴することに積極的でしたか。

渡邉 宣徳寺よりは積極的でした。

新堀 それは何か理由があるんでしょうか。

渡邉 明確な理由はちょっと僕は知ってるわけではないんですが、何度か小川御住職と面談して、過去にお話、その話をしてるときですけども、何かやっぱり妙泉坊の八木御尊師にはちょっと含むところがあるのかなという感じを受けておりました。

新堀 お二人は、大石寺内事部というところで、上司とその下という関係にあるわけですね。

渡邉 主任理事と理事という関係です。

新堀 原告や小川住職は、あなたたちが大石寺に行ったのは妙泉坊の盗聴ではなく、大石寺の盗聴探査のためであると述べておりますけれども、それは事実でしょうか。

渡邉 いえ、違います。

新堀 大石寺の盗聴探査という話も出たのですか。

渡邉 はい。結局、大石寺の盗聴探査をするという名目で妙泉坊を盗聴するというのが本当のことです。

新堀 ついでに理境坊の盗聴探査だけはやっておこうと。

渡邉 はい。

新堀 前回出廷した辻栄三郎氏は、大石寺にはあなたと2人ではなく、もう1人、帝国リサーチの社員がいたといったご証言をしましたけど、それは事実ですか。

渡邉 辻さんと私、2人だけです。

新堀 大石寺にはどのように行きましたか。

渡邉 辻さんと大石寺に行ったときには、たしか前の晩、行った日はちょっと覚えてませんけども、前の晩に、東京の代田橋っていう場所があるんですが、駅が、何線かちょっと分かりませんけど、代田橋の駅の近くの、当時、辻さんが住んでいたアパートに1泊しまして、翌日、朝早く、辻さんと2人で車で、高速で向かいました。どちらの高速使ったか、ちょっと覚えてません。

新堀 辻氏は大石寺であなたと落ち合ったというふうに言ってましたけど、それは事実ではないんですね。

渡邉 全く違います。

新堀 大石寺に着いてから、電話交換室に入りましたか。

渡邉 着いてすぐに受付に行ってから、その後ちょっとしてから入ったと思います。

新堀 受付っていうのは。

渡邉 内事部入って、玄関あいたときに、お所化さんが、お小僧さんが受付をしておりますので、その方に断って、小川御住職と面談してから行きました。

新堀 電話交換室では盗聴器は仕掛けられなかったんですか。

渡邉 そこは結局、交換室っていっても、だれもいないんではなくて、電話交換のご婦人の方が2人だったか3人だったかいらっしゃったので、そこではちょっとどうすることもできないということで、できませんねということで、その交換室は出ました。

新堀 電話線がどこを通ってるかについては確認しましたか。

渡邉 電話交換室を出るときに辻さんが小川御住職に、たしか、図面がどうなってるのか見たいので、回線の図面があったら見せてくださいっていうふうに言って、内事部のどっかの部屋で見たんですが、図面を見てるだけじゃ分からないというので、結局、境内を歩いていたら辻さんが気がついて、ここはもう境内の中は電線がないと、1本も。全部これは地下を通ってるんじゃないかって言って、地下を調べていったわけです。

新堀 それで、何かどこかあけてみたんですか。

渡邉 理境坊のすぐ近くのマンホールをあけて、その中に辻さんが入って、僕に、結局、ここの境内のいろんな塔中坊があるんですけども、大石寺っていっても坊が、表も裏も合わせて、外も合わせるとやっぱり30とか40の坊があって、それぞれが寺なんですけど、その全部の回線が、相当数が地下のケーブルで、地下で1本にまとめられてケーブル状のものの中を通ってるっていう説明を、辻さんがそのケーブルを指しながら僕にしてくれました。

新堀 それで盗聴は難しいということになったんですか。

渡邉 結局、その場で中に入ってケーブルを引き裂いて、 どの線がどの坊に入ってる線かということを特定することは、ちょっとやっぱり実際問題が、その中でやるのは難しいということで判断してました。

新堀 辻氏は電柱には上りましたか。

渡邉 一切上ってません。

新堀 小川住職は、外の電話回線に接続する電信柱の調査が大事だということで、調査員にその調査を頼んだと、調査員は電柱に上がって調査したというふうに以前証言されてたんですが、辻さんは前回、電柱には上ったこともないし調査したこともないというふうにおっしゃっておりましたが、その点は辻さんのほうが本当のことを言ってるってことですか。

渡邉 電柱に、これは外にしかないんですけど、その中は電柱、大石寺の境内にないんですけど、外の電柱に一切、大石寺の周りの電柱に一切上ってません。その点は、電柱に上ってないというところは辻さんが正しい。

新堀 妙泉坊には立ち入りましたか。

渡邉 行きました。

新堀 入って、どうだったんですか。

渡邉 どこから電話の線が妙泉坊の中に立ち上がってるかっていうことを調べて、 ここからだねっていうようなことを僕に説明して、中はどうだろうって言ったんで、僕は入れますよって言って、妙泉坊の中の本堂に入って周りを見渡して、結局、立ち上がってるところにつけるのは危険だっていう話と、もう1つは、住職が居住してる庫裏っていう場所があるんですけど、その庫裏の中に入り込んで、電話機の中、それ自体につけるか、それともちょっとコンセントのところに細工をするかすれば可能だけども、それはちょっと住職の居住してるとこだから、だれかいるかもしれないし、いなくても急に帰ってきたら困るし、リスクが高いので、やめようっていうふうに辻さんが言ってました。

新堀 それらのことは小川住職に報告しましたか。

渡邉 しました。

新堀 小川住職はどのような様子だったですか。

渡邉 そうか、できないかっていうことで、ちょっと残念のような感じの様子でした。

(妙観講不当訴訟・平成十八年十月十一日「渡辺調書」一九頁)

渡辺の証言は、X訴訟に平成十一年九月三十日付で提出した「陳述書」とその骨子の部分においてまったく同じであった。「陳述書」の提出からこの証言までには七年の歳月を経ていた。そして想起している真実は、十五年前の平成三年秋のことであった。渡辺にとってその出来事は、あまりにも衝撃的なことだったのだろう。真実は渡辺の脳裏に焼きついていたのだ。

裁判所がこの段階において渡辺の尋問を改めて行なったのは、裁判所が最後の判断をするにあたって、渡辺の証言に変化がないかどうかを確認したかったのだと思われる。

辻の証言によって「妙泉坊の件」が電話盗聴未遂事件であることがはっきりとし、渡辺証言に一貫性が見て取れたことによって、この訴訟自体が不当であると裁判所が判断するのではないかとの期待が高まった。私は被告側が勝訴し、原告妙観講らが敗訴するだろうと思った。

とはいえ、判決が下るまでは決して安心はできなかった。ましてや辻の証言まで行ないながら、先行二訴訟の事実認定を覆すことができないならば、これまでの努力は水泡に帰す。

私は、十中八九、勝利を確信していたし、司法も一連の電話盗聴事件の真相に迫っていると感じていた。しかし、人間というのはおもしろいもので、勝利を手中にしたと感じたときほど、不安感は高まるものである。

いよいよその日がきた。

年の瀬も迫った同十八年十二月二十七日午後一時一〇分、東京地裁六一五号法廷において一審判決が下された。裁判長が主文を読み上げた。

「1 原告らの請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告らの負担とする」

原告代理人の小川原弁護士や大島弁護士は顔面蒼白となり、凍りついた。他方、創価学会、(株)報恩社などの被告代理人は、満面に笑みを湛えた。私は会社で法廷にいた社員より電話でその吉報を聞いた。すぐさま代理人弁護士が東京地裁より「判決文」の謄写をもらい、社員に手渡してくれた。

◆判決は妙観講の事件関与を認定した

私は会社でその「判決文」を読んだ。「判決文」は原告妙観講並びに大草について、次のような評価をしていた。

「帝国リサーチが行った調査は5年間に10件以上にのぼり(乙ニ第40号証陳述書の一覧表)、これほど広範な調査が被告渡邉個人のみによってされたとは考えられず、原告大草個人の関係の調査も行われていることからみても、原告大草、原告妙観講が深く関与している調査であることは明らかである」(妙観講不当訴訟・東京地裁「判決文」八八頁)

「帝国リサーチが右翼と被告創価学会との関係を調査していたと認められること、帝国リサーチと原告らとの関係、当時の状況に照らして、当該調査結果について原告大草が関知していないとの供述は採用することができない」(「同」一一一頁)

「『Wの研究』の記載のある『妙観』と符合すると指摘される『渡邉茂夫の研究』との記載のある前記警告書は全く関知していない旨述べるが、『妙観』が原告大草の指揮のもとに編集されていることに鑑みると、全く関知しないとの上記供述はにわかに措信することができない」(同)

「『妙観』(乙ハ第38号証)に記事が掲載されている妙観講幹部自宅前の電柱のブラックボックスを開けて盗聴の調査をしたとの件は、当該幹部が依頼して調査したものであり、原告大草は関知していない、調査会社がどこであるかも知らない旨述べる。しかし、当該調査は、帝国リサーチが行ったものと認められるところであり、原告大草が全く関知しないとの上記供述は採用することができない」(同)

「原告大草は、各盗聴への関与を否定し、縷々弁明するが、前記各客観証拠が示す事情、すなわち、盗聴が多数の者に対し、多数回にわたって行われ、その費用額が多額であり、さしたる収入があるとは認められない被告渡邉が費用を単独で用意することができたと認められる証拠がなく、盗聴実行者である帝国リサーチに対しては360万円もの特別会員料が少なくとも2年間にわたって支払われており、本件FAX文書には、『本山』として日蓮正宗大石寺を指すと解される記述があることなど前示の各事情を総合すると、各盗聴が被告渡邉単独で行われたと認めるのは困難であり、被控訴人渡邉を除く被控訴人らにおいて、控訴人らが関与していたと疑ったことには相当な理由があったというべきである。

原告大草は、請求書類等の宛名が被告渡邉となっていることを強調し、自己の関与を否定するが、『妙泉坊の件』につき、原告大草本人は、盗聴検査の依頼であるとしつつ、原告大草自身が依頼した旨供述しているところ、その費用の請求は、Xに対する盗聴の請求書と一体として、被告渡邉宛に出されているのであって、原告大草が他の盗聴についても関わっていることは疑うに十分である」(「同」一一二頁)

傍線部分は東京地裁の「判決文」にあった「原告大草、原告妙観講が関与していたと疑うことには相当な理由があるというべきである」との文言を、控訴審で東京高裁が平成十九年九月十九日に改めた箇所である。渡辺は他の被告である創価学会や(株)報恩社などと違って事件の当事者であり、絶えず真実を自白してきた。これに対して創価学会や(株)報恩社などは事件の当事者ではなく、報道をした立場である。したがって東京高裁はその立場の違いを「判決文」で厳密に表現したのである。その上で、妙観講や大草が電話盗聴に関与したと疑ったことには至極当然の理由があったと東京高裁は判断したのである。

「帝国リサーチが被告渡邉の依頼により実行した本件各盗聴は、前掲客観的証拠によると、原告らの関与が疑われるものであり、前記各関係者の供述を総合しても、上記疑いを払拭するには至らず、原告らがこれに全く関与していないと断定することは甚だ困難である」(「同」一一六頁)

「前記認定の背景事情に鑑みれば、盗聴された対象者、盗聴を企図された対象者からみて、上記資金提供者が原告らではないかと疑われることはやむを得ない」(「同」一一七頁)

「客観的資料の中には、帝国リサーチからの連絡文書の中に本件FAX文書があり、「本山」と記載されているのが日蓮正宗大石寺を指すことは明らかであり、このことは、被告渡邉単独の行為であると仮定すると、説明がつかない事実であり、原告らの関与が疑われる」(同)

「盗聴についての原告らの関わりを否定する供述には矛盾撞着や客観的証拠によって窺われる事実との間の齟齬が多く、にわかに措信することができず、上記疑いを払拭するに足りる証拠力が認められない」(同)

「原告らが盗聴したとする『地涌』の記事が出された後、これに対抗して原告らから発行された『慧妙』に、宣徳寺の盗聴期間について、盗聴ではなく、特殊カメラを設置した張り込みであった、X宅についても、身辺調査だけで、盗聴ではなく、盗聴していないことについては明確な証拠があるなどという帝国リサーチ経営者福田政のインタビュー記事が掲載されたが、これは事実を偽るものであった」(同)

「原告大草の供述も、前示のとおり、採用し難い点が多く、特に、被告渡邉との関係や盗聴との関わりを否定する趣旨の供述部分は、にわかに採用し得ない」(「同」一一八頁)

◆判決で評価された(株)報恩社の主張

(株)報恩社については、次のような事実認定がされていた。なお、判決文中、X、Yとの表記がなされているが、これまでと同様、判決文中においては実名表記である。

(1)被告報恩社北林芳典の説明

被告報恩社代表者北林芳典は、被告報恩社の資料入手経緯、取材、判断に関し、要旨次のとおり説明する(陳述書〔乙ホ第12号証、第23号証の1、第128号証〕を含む。)。

①北林は、昭和37年10月から創価学会会員であり、被告報恩社(葬儀社)を経営している。宗教問題に関する取材、著作を継続してきている。

②北林は、昭和58年ころから情報を交換していた僧侶「A」から、平成7年12月、原告らが被告渡邉を介して依頼した帝国リサーチが、宣徳寺、X宅の電話を盗聴し、妙泉坊の電話を盗聴しようとした旨の情報を得、その裏付として、次の資料を受け取った。なお、これらの情報、資料を直ちに公表すると「A」が特定されてしまうので、情報、資料が出回るまで1か月ほど公表は待ってほしいと言われ、その旨約束した。

a 本件請求書1、 2(乙ホ第1号証の1、 2)

b 本件FAX文書(乙ホ第2号証)

c 「Xに関する内定調査」と題する書面(乙ホ第3号証)

d 帝国リサーチ作成のX宅盗聴等に関する調査報告書(乙ホ第4号証の1)

e 帝国リサーチの特殊調査の料金・報酬表(乙ホ第4号証の2)

f 帝国リサーチ作成の「予想経費単価表」(乙ホ第4号証の3)

g X方の電話盗聴テープ2本(乙ホ第5、第6号証の各1)

h 宣徳寺の電話盗聴テープ1本(乙ホ第7号証の1)

③北林は、「A」から入手した上記資料を分析して、原告らが盗聴に関与していると判断した。その分析経過、具体的内容は、乙ホ第128号証に詳細に記載されている。なお、上記資料は、「A」が信頼できる者から入手したと言った。その者には会っていないし、名前も聞いていない。

宣徳寺の盗聴テープは、会話の内容等から、宣徳寺の電話を盗聴したものであること、秋元の会話があることが分かり、また、会話中で、平成3年11月18日発売の「サンデー毎日」(乙ホ第120号証)の記事、地震(乙ホ第121、第122号証)があったことに言及していることから、平成3年11月19日に録音されたものと特定し得た。

Xの盗聴テープは、ラジオ放送が混入しており、番組の内容や放送内容から、平成3年12月22日の番組放送中(乙ホ第123、第124号証)、同月24日の放送中(乙ホ第125号証)の会話であることが特定し得た。

また、本件FAX文書に「本山に出す」との記載があることから、盗聴の真の依頼者が大石寺であること、その意を受けて、被告渡邉が帝国リサーチに依頼したという関係にあることが分かると判断した。そして、Xについては、阿部法主と山崎との関係に関する「新雑誌21」の記事から、創価学会のスパイであるとの嫌疑が決定的になったものとみられ、盗聴の動機が十分あると判断した。また、平成2年7月のC作戦謀議が、平成3年1月には、創価学会側の知るところとなったこと、秋元、八木がC作戦謀議の一員であること、秋元が渉外部長として創価学会との接点が多いこと、秋元、八木が創価学会寄りであるとの噂が日蓮正宗内にあったことなどから、秋元に対する盗聴、八木に対する盗聴未遂が日蓮正宗側から行われたと判断した。これらの盗聴は、「地涌」に日蓮正宗内部の情報が次々と掲載されていることから、情報漏洩のルートを特定しようとして実行されたと判断した。

④平成3年当初からの「地涌」の報道は具体性があり、 日蓮正宗内部の者によるリークと考えられた。だから、原告ら側が「地涌」の報道の情報提供者が誰かを知りたいと思うのも無理はないと考えた。C作戦の謀議に関わった者(河辺が書いたといういわゆる「河辺メモ」〔乙ホ第28号証〕に記載された7人)が、内部告発者として、盗聴の対象とされたのであろうと考えた。

⑤北林は、「A」との約束どおり、「A」からの情報、資料の提供から1か月ほど経った後、「地涌」に情報、資料を提供した。

a 平成8年1月26日号「地涌」(甲第2号証)は、北林からの情報提供に基づく記事であり、原告大草が秋元宅の電話を盗聴した旨の記事が掲載された。

b 平成8年2月1日号「地涌」(甲第3号証)も、北林からの情報提供に基づく記事であり、原告妙観講が民間人とその妻宅の電話を盗聴した旨の記事が掲載された。

c 平成8年2月5日号「地涌」(甲第4号証)も、北林からの情報提供に基づく記事であり、原告らが大石寺主任理事八木の電話盗聴を計画した旨の記事が掲載された。

d 平成8年2月以降の創価新報の記事(甲第5ないし第8号証)の情報は、北林が直接提供したものではない。

⑥続いて、平成8年2月1日付「慧妙」が出ると間もなく、第三文明の松下壮一編集長から問合せがあり、同人にも情報を提供した。テープのダビングしたものも渡した。上記「慧妙」の記事は、証拠隠滅工作だとの考えも話した。

⑦平成9年6月20日、X事件が提訴されたが、亡くなる1週間ほど前のX(平成9年7月22日死亡)から、被告渡邉が原告大草から指示されてやむなくやったと謝っていると聞き、被告渡邉から直接取材した。その取材メモが乙ホ第10号証の1、2であり、後に報告書に纏めたのが乙ホ第12号証である。当時は、被告渡邉が提訴を受けた当初、盗聴を否認していたこと(平成9年9月3日付答弁書。甲第105号証の2)は知らなかった。乙ホ第10号証の1は平成9年8月21日付、同号証の2は平成9年9月8日付であり、上記否認の答弁書が提出された時期の直後である。

⑧北林は、平成9年8月21日、同年9月8日、取材スタッフ1名を同行して被告渡邉を長時間にわたって取材した。その取材メモが、乙ホ第10、第11号証の各1、2である。

8月21日の第1回取材の際には、被告渡邉は、妙観講の組織、活動状況、資金状況、妙観講幹部の人間関係、原告大草との関係、顕正会の盗聴を帝国リサーチに依頼し、妙観講の資金総額1000万円ほどを支払ったことなどを具体的に説明したが、阿部法主からの指示に基づいて盗聴したのではないかとの北林の質問に対しては一旦否定し、宣徳寺、X方、妙泉坊の盗聴関係の費用は誰が支払ったか知らないと述べた。しかし、その後、阿部法主の指示がない限り、秋元や八木の盗聴はできまいなどと追及すると、これを認めたものの、オフレコにしてくれと述べた。

9月8日の第2回取材の際には、被告渡邉は、小川住職の特命で、創価学会側からの情報を被告Yから得て、小川住職に報告していたと述べ、被告Yとの付き合いの経過、被告Yに案内されて聖教新聞社に行った際、無断で創価学会側の法論のマニュアルを持ち帰り、小川に送ったこと、原告大草が日蓮正宗本山に行って了解をとったとして盗聴を実行したこと、妙泉坊の盗聴ができなかった経過等を含めて各盗聴の状況等につき知っていることを詳細に話した(北林が聞いたとする内容は、被告渡邉がその後供述等している内容とほぼ一致する。また、上記法論のマニュアルについては、平成5年2月15日付「慧妙」〔乙ホ第13号証〕に論評が掲載されており、被告渡邉の供述の裏付とみることができた。)。

⑨2回目の被告渡邉の取材の後、大石寺における被告渡邉と辻の動線を検討すべく、大石寺を取材した。大石寺の従業員に話を聞くと、平成3年当時、静岡電話工業と管理契約をしていることが分かった。同社抜きの電話調査はないだろうと考えた。大石寺の周囲を見て回り、外部に出ている電話配線の状況(当時書いた図面が乙ホ第127号証である。)から、大石寺全体の盗聴を試みるのであれば、電柱にブラックボックスがある敷地外の特定の箇所に盗聴装置を付けるであろうとみたが、被告渡邉と辻の動線から外れており、特定の坊(妙泉坊)のみの盗聴を試みたとの被告渡邉の告白に信用性があると判断した。また、妙泉坊は大石寺境内にあり、無断で盗聴することは困難であって、原告大草の指示により、小川住職の了解のもとに盗聴を試みたとの被告渡邉の供述には合理性があると判断した。

⑩さらに、北林は、平成11年9月3日にも、被告渡邉から3度目の取材をした。これは、同年10月21日に証言することが決まったので、前回、オフレコにしてくれと言っていた被告渡邉が真実を話すか心配になったからである。前回同様、取材スタッフ1名を同行して被告渡邉から長時間にわたって取材し、真実を話すよう説得したところ、最終的に、被告渡邉は、被告Yの自宅の電話を盗聴したこと、しかし、他には創価学会幹部の盗聴をしたことはないと述べた。乙ホ第23号証の2は、その際の飲食代の領収証である。

⑪平成11年10月21日被告渡邉が法廷で証言した後、11月になって、第三文明の平木編集長から取材があり、同人に対し、被告渡邉とのやり取りの経過を含めて情報を提供した。平木からは、被告渡邉に直接取材したいという話があったが、危険なグループなので、自分も盗聴等の被害を受ける覚悟がいると指摘して、やめた方がよいとアドバイスした。

⑫北林は、上記資料と「A」、被告渡邉の取材、大石寺の現地調査の結果を検討し、原告らによって組織的に盗聴が行われていると考え、宗教団体が盗聴を行ったという公共の利害に関する事実につき、専ら公益を図る目的で、被告報恩社から本件地涌を含む「『地涌』選集下巻」を発行した。

⑬以上の北林の供述については、特に客観的証拠に反する矛盾した点等はなく、供述の信用性にかかわる疑問点は、僧侶「A」の具体的氏名をあかさないという点以外には見あたらず、全体として措信し得るものというべきである。(「同」七〇頁)

僧侶Aについて裁判所が「供述の信用性にかかわる疑問点は、僧侶『A』の具体的氏名をあかさないという点」と評価したことは無理からぬことである。私は報道倫理に基づいて一切、情報源を明かさなかった。

もし情報源を明かすようなことがあれば、重要な機密あるいは内部暴露的な情報は、私のもとに一切入らなくなる。そのような観点から、ジャーナリストは情報源を秘匿する必要がある。

またジャーナリストが戦うべき終極の目標は権力であり権威である。あるいはまた、双方一体となったものである。社会がジャーナリズムに期待するのは権力の暴走に歯止めをかけることであり、権力犯罪すらも暴露することである。このように考えるとき、ジャーナリズムは情報源を秘匿しなければならないし、ジャーナリズムの本義を理解するならば、法的にもジャーナリズムの情報源秘匿は保障される必要がある。さすがに日本国は民主主義国家であるから、これまでも判例上、報道する者の情報源の秘匿は保障されてきた。ジャーナリズムが情報源を秘匿するということは、法治国家において社会的利益に沿うものである。

私は以上のようなジャーナリストと情報源の関係について理解していたがゆえに、情報源を法廷においても秘匿した。またそれは、私と僧侶Aとの約束の履行でもある。

さて、原告妙観講並びに大草側は、私がAから入手した情報についていろいろと難クセをつけ、それをもって僧侶Aの存在を打ち消して私の主張すらも葬ろうとした。だが、「判決文」ではそれについて、まず大草らの主張を引用し、そして最終的に次のように評価を下している。

e 北林は、情報源が僧侶「A」だと述べているが、これは嘘で、情報のもとは被告渡邉だと思う、その理由の1は、本件FAX文書である、北林は、僧侶「A」が本山関係者だと述べているが、本山に本件FAX文書か写が存在するとは考えられない、理由の2は、被告報恩社が本件で提出している書証が、先行訴訟で被告渡邉が提出した書証とほぼ一致しており、被告渡邉から提供されたとしか考えられないことである、被告渡邉と北林との間には直接の接点がないが、資料は、被告渡邉から被告Yに渡って、「勝ち鬨」の記載となり、被告Yから被告創価学会に渡り、被告創価学会から北林に渡り、「地涌」に渡ったものと思う旨述べる。しかし、第1点については、北林は、僧侶「A」が本山関係者であると述べているのであり、阿部法主側の日蓮正宗本山の手許に本件FAX文書が存在したと述べているのではないから、原告大草の上記指摘は論理のすり替えというほかなく、第2点については、客観的証拠による裏付がなく、想像の域を出ないというほかはない。

(「同」一〇九頁)

ともあれ、先に引用したように裁判所が(株)報恩社の主張については、「特に客観的証拠に反する矛盾した点等はなく、供述の信用性にかかわる疑問点は、僧侶『A』の具体的氏名をあかさないという点以外には見あたらず、全体として措信し得るものというべきである」と評価してくれたことには、大きな意味がある。

本書を読んでくださった読者の方々は、すでに充分、ご存知のことではあるが、私が一貫して主張してきたことは、本件連続電話盗聴事件が、阿部日顕→小川只道→大草一男→渡辺茂夫という命令系統をもって(株)帝国リサーチによってなされたということである。裁判所は原告が妙観講並びに大草であるから、訴訟に直接関係していない阿部日顕、同じく小川只道について明らかな評価は下さなかったが、「特に客観的証拠に反する矛盾した点等はなく、供述の信用性にかかわる疑問点は、僧侶『A』の具体的氏名をあかさないという点以外には見あたらず、全体として措信し得るものというべきである」という表現をもって、阿部日顕と小川をも言外に裁いたと見るべきである。

◆妙観講は東京高裁でも敗訴、最高裁で確定

原告側はこの一審判決を不服として平成十九年一月五日、東京高裁へ控訴した。その控訴審判決は同年九月十九日に下された。その「判決文」の主文は、

「1 本件控訴をいずれも棄却する。

2 控訴費用は、控訴人らの負担とする」

というもので、創価学会並びに(株)報恩社などの被控訴人の勝訴を宣するものであった。この東京高裁の「判決文」において(株)報恩社にかかわる次のような記述部分があった。

なお、「判決文」中にある乙ホ一号証?七号証は、私が僧侶Aより入手した一連の電話盗聴に関する資料、 乙ホ一〇号証?一二号証は、私が二度(平成九年八月二十一日、同年九月八日)にわたって渡辺を取材した際の編集スタッフによる手書きの「取材メモ」とそれをワープロ打ちしたもの、さらにその二度にわたる渡辺の取材内容を訴訟代理人である今井浩三弁護士へ報告した「報告書」、乙ホ二三号証は、私の渡辺に対する三度目(平成十一年九月三日)の取材内容を今井弁護士に報告した「報告書」、乙ホ一一八号証~一二五号証は、僧侶Aより入手した宣徳寺並びにX宅の電話盗聴テープを分析する際に確認した週刊誌、新聞の記事及びラジオ欄の写し、 乙ホ一二七号証は平成九年の私の大石寺の現地調査に基づき作成した「大石寺周辺主要電話配線図」、乙ホ一二八号証は、私が出廷するにあたり、僧侶Aから得た資料をどのように分析したか、また、本件電話盗聴が行なわれた当時の電話盗聴技術、『地涌』編集部並びに『第三文明』編集部への情報提供などについて書いた「陳述書」である。

2 控訴人の当審における追加的主張について

証拠(乙ホ10~12、23、128(枝番のあるものについては枝番を含む。))及び弁論の全趣旨によれば、被控訴人渡邉が、平成9年8月21日及び同年9月8日、被控訴人報恩社の代表者北林芳典の取材に応じて、控訴人大草らからX宅や宣徳寺の電話の盗聴を指示されていた旨の発言をしたこと、平成11年9月3日、北林及び被控訴人報恩社の社員と面談して、控訴人大草の指示に従って被控訴人Y宅の電話を盗聴したことを述べたことが認められ、さらに、これらの発言内容が被控訴人報恩社出版の「『地涌』選集下巻」の記載に反映されていることが認められる。

しかし、証拠(乙ホ1~7、10~12、23、118~125、127、128(枝番のあるものについては枝番を含む。)等)及び弁論の全趣旨によれば、被控訴人報恩社においては、被控訴人渡邉から聴取した情報を雑誌「地涌」や書籍「『地涌』選集」等に掲載するに当たり、他の取材源や客観的な裏付け資料等をも勘案し、発言内容の真実性や掲載の相当性等につき独自の判断を加えたと認められるのであり、被控訴人渡邉がした上記発言内容が虚偽であることを認めるに足りる証拠がないことをも勘案すると、控訴人らが指摘する情報提供行為につき、被控訴人渡邉が控訴人らに対して名誉・信用毀損を理由とする不法行為責任を負うということはできない。

よって、控訴人らの当審における追加的主張も、理由がない。

(妙観講不当訴訟・東京高裁「判決文」六頁)

(株)報恩社の地道な取材活動が評価されたうえで、渡辺が平成九年八月二十一日、同年九月八日、平成十一年九月三日の三回にわたり私の取材に応じ、話したことが「虚偽であることを認めるに足りる証拠がない」と評価した。

阿部日顕が命令を出し、小川只道、大草一男が渡辺を窓口として、一連の電話盗聴を(株)帝国リサーチに依頼した――、と私の取材時に渡辺が話した内容が、東京高裁において改めて「被控訴人渡邉がした上記発言内容が虚偽であることを認めるに足りる証拠がない」と評価されたのだ。

この控訴審判決も不服であるとし、妙観講並びに大草は上告したが、平成二十年三月七日、判決が下され、妙観講並びに大草の上告は棄却され、敗訴が確定した。

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