北林芳典の公式ウェブサイト 著作・発行物の紹介、教学に関する論文や裁判履歴・記録など

|サイトマップ|

第11章 記憶喪失とオトボケの証人

平成十八年六月二十一日、(株)帝国リサーチの元社員である辻栄三郎が法廷に立った。辻への証人尋問は約三時間行なわれたが、その証言は、記憶喪失とオトボケと自語相違の連続であった。

◆真実を忘れた証人

では、その記憶喪失とオトボケの言々句々を以下に列記する。

「いや、具体的なことは知りませんでした」

「それについては私は分かりません」

「分かりません」

「いや、帝国リサーチの領収書そのものをほとんど見たことがありませんので分かりません」

「……分かりません」

「そのあたりになりますと私には分かりません」

「否定も肯定もできません」

「時系列については私も記憶があいまいですので、その点では矛盾するところもあるかもしれません」

「……あまり詳しい時期についてはよく分かりません。覚えておりません」

「私自身、まったく記憶ありません」

「いや、分かりません」

「……間違ってるかどうかは分かりませんが、少なくとも私は記憶がありませんので」

「……では訂正させていただきます。何ともお答えのしようがありません」

「……すみません、ちょっと意味が分からなかったので」

「いや、詳しい時期についてはちょっと記憶がありません」

「すみません。時系列については私、記憶があいまいでお答えできません」

「いえ、まったく知りません」

「いや、分かりません」

「お金に関してはまったく分かりません」

「広帯域受信機という意味が私には分かりませんので何とも」

「ですから広帯域受信機の意味が分かりませんので何ともお答えのしようがないんですが」

「いや、料金についてはちょっと分かりません」

「いえ、それも知りませんでした」

「……いや、聞いていないと思います」

「いや、すみません。先程も言ってますが、時系列についてはちょっと何ともはっきりお答えしようがないんですが」

「後はちょっと記憶があいまいです」

「いや、ちょっと分かりませんね」

「いや、それはちょっと私には分かりません」

「いや、特に理由らしい理由ではないんですが、よく覚えていないという」

「ちょっと分かりません」

「ちょっとよく覚えておりません」

「いえ、まったくできません」

「いえ、知りません」

「それは印象としてはそう思いますが、何ともはや」

「いえ、聞いておりません」

「私、妙泉坊というところには行ったことがありません」

「いや、関係あるもないも知りません」

「いや、覚えてません」

「いや、ちょっと分かりません。覚えてません」

「当然、自宅は出ますけども、どこかで誰かの車のところまで行ったのか、それとも車で直接、自宅から出発したのか、それはちょっと分かりません」

「……ちょっと意味がいま一つ分かってないんですが」

「……はい」

「いや、これだけではちょっと私が撮ったかどうか分かりません」

「いや、ちょっと分かりません。そうだと言われればそうかもしれませんけど、何とも言えません」

「それは分かりません」

「ですから分かりません」

「いや、それは私には分かりません」

「分かりません。こちらの書類については知りません」

「いえ、まったくそれは聞いてません」

「はい、聞かなかったと思います」

「いえ、ほとんどそういうことは考えておりませんでした」

「いや、それも特に考えませんでした」

「そうですね。考えてなかったと思います」

「いえ、そういうことは聞いておりません」

「聞きませんでした」

「私には分かりません」

「恥ずかしながら、当時、ほとんど深くは考えませんでした」

「いや、そうでもないです。渡邉さんが書けというので、ああそうかいと思って書いただけです」

「それはちょっと私には分かりません」

「だと思うんですが、どこへ泊まっていたかはちょっと今となっては記憶がないんです」

「同じ質問が先程も出ましたけど、私には分かりません」

「受け取った記憶があるんですが、ただ、金額は幾らであったのかまったく覚えてません」

「いや、それも覚えてません」

「覚えてません」

「ですから覚えてません」

「分かりません」

「だと思うんですが、はっきりしません」

「分かりません」

「……あると思いますが」

「いや、具体的にはもう記憶がありません」

「いや、記憶がありません」

「……その時に誰が登ったのかはちょっと覚えておりません」

「何人もいましたので分かりません」

「忘れました。すみません」

「いや、分かりません」

「どこら辺って説明のしようがないです」

「いや、図面があっても多分、私自身、分からないと思います」

「いや、分かりません」

「分かりません」

「ですから場所については完全に忘れてますので、どこだと言われてもそれはちょっとお答えできません」

「……大草さんであったかもしれません。それはちょっと記憶があいまいですが」

「それはほとんど考えておりませんでしたね」

「いや、それは特に覚えてません」

「いや、その時にはそう思ったので言ったまでで」

このような記憶喪失とオトボケの不真面目な証言態度を続けた辻に対し、誰しもが嫌悪の情を持つに違いない。

◆変なことだけ鮮明な記憶

ところが、このような記憶喪失とオトボケの証言に終始した辻は、平成十三年二月十三日付でX訴訟に提出された「陳述書」においては、極めて明確な記憶に基づいて事細かに書いていた。

例えば、辻が渡辺と電話で話した会話のやり取りについて、次のように記している。

「渡辺氏から不愉快かつ不審な電話がかかってきましたので、はっきり記憶しているのです。

その時のやりとりを書いてみます。

渡 『渡辺です』

辻 『あれ、しばらくですね。どうしたんですか』

渡 『しばらくじゃないでしょ、この前電話してきたでしょ!』

辻 『はっ?』

渡 『脳梅毒、脳梅毒って、電話したでしょ!』

辻 『あのね、私がそんな子供じみた、つまらんことをしないってのは、あんた良く知ってるだろ。こんど電話がきたら、ちゃんと声を聞いとけよ』

渡 『……(無言で電話を切る)』」(X訴訟・平成十三年二月十三日付「辻陳述書」八頁)

「陳述書」を裁判所に提出したのが平成十三年二月。この電話での会話がなされたのが平成四年夏。辻は、およそ九年前の電話会話の内容を再現して見せている。また、十数年前の渡辺との初対面の場面を明確に記憶しており、それを以下のように書いている。

「詳しい時期はあいまいですが、およそ平成元年の春頃、場所は、帝国リサーチの応接室であったと記憶しています。

所長の福田氏か、当時の私の上司だった池田氏か、いずれかが同席していたと思います。

渡辺氏という人物に対する第一印象は、あまり良いものではなく、『宗教者というわりには、少し崩れた、不潔な感じの男だな』というものでした」(「同」二頁)

X訴訟に提出されたこの辻の「陳述書」は、そのX訴訟において当時、被告であった大草側より出されたものであった。(株)帝国リサーチの社員であった辻、すなわち電話盗聴犯の一味が、大草側より「陳述書」を出していたのである。しかもその「陳述書」の中で辻が述べているのは、渡辺の人格攻撃を主とする内容であった。渡辺がX訴訟の証言において「妙泉坊の電話盗聴をしようと辻と二人で大石寺を訪れ、未遂に終わった」(主意)と述べているのだから、本来、辻は、大石寺において自分がどのように電話盗聴器の探査を行なったのか、その具体的な行動について書くべきである。しかし辻は、この「陳述書」において、そのような事実関係についてはまったく触れなかった。なお、大草はこのX訴訟で辻を証人申請していた。

この大草側より証拠として提出された辻の「陳述書」の内容は、妙観講不当訴訟における辻に対する反対尋問により、徹底して切り崩されることとなった。その結果、辻が妙泉坊に関わる事実関係を「陳述書」に意図的に書かなかったことが印象づけられ、逆に妙泉坊電話盗聴未遂事件が真実であることが浮かび上がった。

この妙泉坊電話盗聴未遂事件を隠そうとした「陳述書」が、電話盗聴を行なった(株)帝国リサーチの社員である辻から、大草側を通して裁判所に証拠提出されたということは、見逃すことができない。電話盗聴の依頼者と実行者が共同して事件の隠蔽工作をしていることは、誰の目にも明らかである。

辻は証言において、一部については、真実を述べている渡辺の証言に沿ったことを述べたり、そうかと思うと渡辺証言を否定したりした。あるいはまた、先行二訴訟における小川の証言や大草の証言について知らなかったのであろうか、一部においては大草や小川の証言に沿いながらも、突然、大草や小川の証言を根本的に覆すようなことを述べたりした。辻は証言において、このように不可解な蛇行を見せることとなる。

しかし、概ねにおいては記憶喪失、オトボケの連続であったことは、先に列記した辻の証言の片々で充分に窺えるところである。

辻が証言の中でトボケればトボケるほど、また、記憶がないと言えば言うほど、あるいはまた、否定をすればするほど、辻が隠そうとしているものが何であるかということが浮かび上がるという効果を招いた。このことによって(株)帝国リサーチ発行の「請求書」に「妙泉坊の件出張費」と記された、妙泉坊に対する電話盗聴未遂が、事実であることが明確となっていった。また、辻の証言と理境坊住職・小川只道や妙観講講頭・大草一男が先行二訴訟において証言していたこととの齟齬が明確となったことにより、「妙泉坊の件出張費」は大石寺全体の電話盗聴器探査であると先行二訴訟で述べてきた小川や大草の虚偽の主張が結果として崩されることとなった。

◆事件不関与の根拠は曖昧

辻の証言の中で一番の関心事である電話盗聴に関わる部分について、以下、検討を行なっていきたい。

(株)報恩社訴訟代理人である幸田勝利弁護士は、辻が時系列について記憶が定かではないと言って次々と言を左右にして質問から逃げるので、辻が渡辺と最初に会った時期についてのみに設問をしぼり、辻を問いただした。先ほど紹介したように、辻は「陳述書」の中で渡辺と最初に会った期日を「平成元年春頃」と書いている。

被告株式会社報恩社代理人幸田

幸田 陳述書では平成元年春頃という形である程度、特定されているんですけども、陳述書で特定された根拠というのは何だったんですか。

辻 私の記憶でそのように弁護士さんに申し上げて、作成していただいたということです。

幸田 何か手帳のようなものを見られたんですか。

辻 ……お話の中では見た部分もありますし、まったくのただの記憶だけという部分はあります。

幸田 この場合はどうだったんですか。

辻 その場合には記憶だけですね。大体このくらいだろうという形です。

幸田 今、弁護士さんとおっしゃいましたけども、それは今、原告代理人席に座っている代理人の先生ということでよろしいですか。

辻 はい、そうです。

幸田 原告の代理人の先生から、平成元年春に渡邉と初めて会った根拠となるような何か資料のようなものはないかということは尋ねられましたか。

辻 そのような質問があったという記憶はありません。

(妙観講不当訴訟・第二三回・平成十八年六月二十一日「辻調書」四頁)

要するに、辻はX訴訟で大草側より提出した「陳述書」に「平成元年春頃」に初めて渡辺と会ったと書いていたのであるが、その時期についての記述は、うろ覚えに過ぎなかったのだ。またX訴訟において被告であった大草の代理人弁護士も、辻から「陳述書」を出させておきながら、渡辺と辻が出会った時期という重要事項について確認をしていない。渡辺と辻が出会った時期の特定は、辻が顕正会の女子部長であった加藤礼子宅の電話盗聴に関与しなかったという根拠とされる部分である。それが曖昧なものだったのだ。

幸田 あなたの話を総合すると、あなたは平成元年春頃に初めて渡邉に会っていると。だから今の平成元年1月から2月にかけての加藤礼子宅の電話盗聴にもあなたは関与してないし、帝国リサーチも関与していないというご主張になるんですか。

辻 はい。

幸田 先程、事前に加藤礼子氏の存在について顕正会の幹部だということをお聞きになったということなんですけども、この裁判でいろいろ問題になっているX宅、宣徳寺、Y宅、それらも電話盗聴事件について最高裁まで裁判が行って、帝国リサーチによる犯行であるということが認定されていることはご存じですね。

辻 数日前に聞きました。

幸田 あなたの今のお話だと、加藤礼子宅は帝国リサーチによる犯行ではない。それ以外はどうなんですか。

辻 いや、分かりません。(「同」五頁)

辻は、加藤礼子が電話盗聴された録音テープと(株)帝国リサーチ発行の渡辺宛の二〇〇万円の領収書を見せられた上で質問されているのに、それでも加藤宅への電話盗聴は(株)帝国リサーチの犯行ではないと断言した。ところがその直後に「それ以外はどうなんですか」とX宅や宣徳寺、妙泉坊、Y宅への電話盗聴について質問されると、「いや、分かりません」と言うだけで(株)帝国リサーチの関与を否定をしなかった。

(株)帝国リサーチの加藤宅電話盗聴への関与のみを否定し、その余の電話盗聴への関与について「分かりません」と述べた辻は、その回答の差異について疑問をぶつけられた。

幸田 先程は否定されましたよね。今度は分からないんですか。

辻 じゃあ違いますかですか。

幸田 違うとおっしゃるんですか。

辻 と思います。

幸田 最高裁で判決が出てますが、それも判決が間違ってるというふうにおっしゃるんですか。

辻 ……間違ってるかどうかは分かりませんが、少なくとも私は記憶がありませんので。

幸田 あなたの記憶がないと帝国リサーチの犯行でないということがどうして言えるんですか。

辻 ……では訂正させていただきます。何ともお答えのしようがありません。(「同」六頁)

辻はこの期に及んでも、自らが所属していた(株)帝国リサーチが電話盗聴に関与していなかったとの主張を貫こうとしたのだが、あえなく頓挫してしまった。幸田弁護士がさらに畳み掛けるように辻を追及する。

乙ホ第19号証(陳述書写し)を示す

幸田 3ページの7行目、「私が在職中、渡辺氏からの依頼で電話盗聴をした、などということは全くありません。私より若い社員が、私をとばして福田所長からの指示で盗聴をする、というのもありえません」と書かれてますよね。

辻 はい。

幸田 これは今、訂正されますか。

辻 ……すみません、ちょっと意味が分からなかったので。(同)

辻が自らの「陳述書」に書いたのは、「私が在職中、渡辺氏からの依頼で電話盗聴をした、などということは全くありません」という一文である。この言葉の意味するところをわからない者は誰もいないだろう。辻は、自分が知らないのだから、電話盗聴は一切なかったと強弁したのだ。ところが、これで辻の「陳述書」がX訴訟において大草側より出された目的が明らかになった。それはすべての電話盗聴の隠蔽である。辻が積極的にこのような「陳述書」を書くはずがない。辻を引っ張り出して「陳述書」まで書かせたのは大草である。

この後は、辻が書いた「陳述書」全体の構成そのものが問題にされた。

幸田 乙ホ19号証の陳述書の全体を拝見したんですけれども、先程、あなたが少しおっしゃられた大石寺の調査、渡邉氏のほうは妙泉坊に対する盗聴未遂行為だというふうに主張してるわけですけども、あなたの陳述書を拝見しても、大石寺でどのような調査を実際なされたのかということについてあまり記載がなされていないように思うんですが、それには何か理由があるんですか。

辻 いや、特に理由らしい理由ではないんですが、よく覚えていないという。

幸田 原告代理人の弁護士さんから調査内容について詳しく説明してほしいというお話はありましたか。

辻 話の流れとしてはいろいろ聞かれました。

幸田 調査内容がはっきりすれば、渡邉の主張が虚偽であるということが証明できるとは思いませんでしたか。

辻 いや、特に私自身はそういうふうには考えておりません。(「同」一四頁)

辻が言うように、大草の代理人が大石寺の調査内容について「いろいろ聞」いていながら「陳述書」に反映させなかったとするならば、それは大草の代理人弁護士が無能であるか、あるいは出さないほうがいいと判断したから、としかいいようがない。

この後、辻は東京から大石寺までの道案内として渡辺が同行したという事実を否定するため、自分は(株)帝国リサーチの社員一名と共に、二名で大石寺に行ったと述べる。そして渡辺とは、大石寺で待ち合わせたという。大石寺に調査に訪れた時期については次のように述べた。

辻 はっきりと何年何月だというふうには申し上げられませんが、恐らく平成3年の春頃のことではなかったかと思います。(「同」一五頁)

この辻の証言に対し、以下の応答があった。

幸田 今まで長いこと、裁判をしてるんですけども、平成3年の春頃に大石寺の盗聴器探査が行われたということを主張してる人は誰もいないんですけれども、ちょっと勘違いされてるのではありませんか。

辻 違います。

幸田 間違いないんですか。

辻 はい。(同)

この辻の発言で、すべてがぶち壊された。

◆辻は「秋」から「春」へと遁走

平成十一年七月十五日、(株)帝国リサーチの実質的経営者である福田政が、X訴訟において出廷した際、平成三年「秋」分の請求がされていた同年十二月九日付の「請求書」を示され、そこに記された「妙泉坊の件出張費」との項目について質問された。

X訴訟被告(株)帝国リサーチ代理人木皿

木皿 「3」番目に「妙泉坊の件出張費」とありますけれども、これはどんな調査だったか記憶がありますか。

福田 それは盗聴の検査ではなかったでしょうか。

(X訴訟・第一一回・平成十一年七月十五日「福田調書」三〇頁)

また、大草もX訴訟に提出した「陳述書」のなかで、

「平成三年秋の〝大石寺及び塔中坊の盗聴器探査の件〟があったのです」

(X訴訟・平成十二年五月十五日付「大草陳述書」五九頁)

と書いている。

理境坊住職の小川只道も、X訴訟の被告として「陳述書」を裁判所に提出したが、そこにも次のように記されている。

「また、新しい理境坊の庫裏の構造(現在の建物・乙ホ3、添付図面2)については、渡邉氏が、平成3年の秋に盗聴器探査のために業者を連れて庫裏の玄関を入ったことが1回あった」

(X訴訟・平成十三年五月二十七日付「小川陳述書」七頁)

また小川は同じくX訴訟に証人として出廷した際にも、大石寺の電話盗聴器発見調査を大石寺の理事会で諮り、理事会で調査を決定した上で大草を経由して(株)帝国リサーチに頼んだ経緯を述べたのち、続けて以下のように答えた。

X訴訟被告日蓮正宗、大石寺、阿部日顕代理人大室

大室 探査を行った時期は、訴訟に提出されている証拠によれば、大体、平成3年10月ごろということで間違いありませんね。

小川 そうです。(X訴訟・第一八回・平成十三年五月三十一日「小川調書①」三〇頁)

福田、大草、小川の三者が口をそろえて「平成三年秋」に大石寺において電話盗聴器の探査が行なわれたと言ってきたのに、その盗聴器の探査に調査員として行ったはずの辻が、調査が行なわれた時期について、平成三年の「秋」ではなく「春」だと述べたのである。辻は、法廷からの脱走、電話盗聴を共同で隠蔽しようとする者たちの環からの逃走を謀ったのである。言うまでもなく、辻は平成三年の「秋」に大石寺に行き、具体的に何をやったのかということを誰よりもよく記憶している。だからこそ、「秋」に行ったと証言すれば、その後にはどんな質問が待っているかわからない。それを恐れて「秋」から「春」に遁走したのである。

しかしこれでは、辻は(株)帝国リサーチ発行の「請求書」に記載された「妙泉坊の件出張費 50,000円」との記載が、電話盗聴未遂の費用を表していることを自白しているに等しい。まして大石寺を訪れた時期は一番肝心なことなのであるから、X訴訟において、平成十三年二月十三日付で「陳述書」を書く際には、まずは「平成三年春」に大石寺に調査に行ったと書くべきである。それなのに辻は「陳述書」においては、自分は平成三年十月二十日に(株)帝国リサーチを辞めたとした上で、妙泉坊電話盗聴未遂について触れ、

しかし、その時期、私はすでに述べたように帝国リサーチを解雇されて福田所長との関係も断絶しておりますから、私が福田所長の指示で、帝国リサーチとしての仕事に出向く、などということはありえません。(X訴訟・平成十三年二月十三日付「辻陳述書」六頁)

と書いていた。

平成十三年の「陳述書」作成時には、辻は自分が大石寺を訪れた時期すら明らかにしていなかった。春に行ったのならば春に行ったと書き、(株)帝国リサーチ発行の「領収書」に記載された「妙泉坊の件」とはまったく関係がない、と書くべきであった。これこそ「陳述書」に書くべき要である。その書くべきことを書かず、渡辺との電話でのつまらぬ会話の内容を昨日のことのように書き、渡辺の人格攻撃ばかりを行なっている、この辻の「陳述書」の内容を信じろといわれても、それは到底無理なことである。

大草や小川が作った話を辻がぶち壊した例はまだある。

幸田 電信柱に登って、先程のブラックボックスのようなものを調査されたということはありますか。

辻 ありません。

幸田 電信柱の周辺を調査したということはありますか。

辻 ありません。(妙観講不当訴訟・第二三回・平成十八年六月二十一日「辻調書」一七頁)

辻は大石寺の電信柱の調査をしたことがないと答えたが、小川はX訴訟において以下のように述べている。

次に交換機から外部に接続する線(外線)は、当然NTTの電話回線に接続するので、その接続するところの電柱付近を調査することが重要である旨を告げました。

その電柱は、宗務院の西玄関脇の警備詰所の裏にあり、調査員がこの電柱に上がり調査をしたのであります。また、この電柱は宗務院の窓からよく見えるところにあり、当日の調査の様子を見た宗務院の役僧の方も何人かおります。渡邉氏も、陳述書で、庶務部長に見られた旨(乙ハ1、183頁)述べております。

この電柱の調査は、一番重要なところで、盗聴されているとすれば、この電柱付近が危ないと思われたので念入りに調査を頼んだのであります。

(X訴訟・平成十三年五月二十七日付「小川陳述書」一五頁)

加えて小川は、自らX訴訟の法廷に立ち、宣誓書を読み上げ署名捺印した上で、次のように答えている。

で、大事なのはもちろん大石寺の内部においては地下ケーブルで結んでますので、それは心配ないとは思っておりましたが、NTTにつなぐところは当然外の電信柱にいくわけですから、その点が重要と考え、そこを調査してもらったわけです。

(X訴訟・第一八回・平成十三年五月三十一日「小川調書①」二一頁)

辻は大石寺を訪れた時期を「秋」から「春」にずらし、ただ「妙泉坊の件」から逃げようとしているのだから、もはやこれ以上の尋問自体が無駄とも思われるのだが、小川との関係、あるいは大石寺の電話線の配線状況、および具体的にどのような調査を行なったかについて詰められていく。この尋問によっても、辻が「秋」に行なわれた「妙泉坊の件」から、ひたすら逃げようとしていることがわかる。それはすなわち、「妙泉坊の件」からの逃避であり、電話盗聴未遂行為自体を隠蔽しようとするものであった。

◆受信機も持っていっていなかった?

辻は電話盗聴器探査のために大石寺に行ったと述べていたのに、ついには調査に必要な機器すら持たずに大石寺を訪れ、さしたる調査も行なっていないことを証言するに至る。

幸田 あなたは先程、交換機、ものは見てないというようなお話だったんですが、それはどうして交換機に盗聴器がついてる形跡もないという話を渡邉氏にされたんですか。

辻 いや、渡邉さんに交換機云々という話をしたかどうかはちょっと覚えておりません。

幸田 地下ケーブルについてはどうですか。これはされたんですか。

辻 地下ケーブルについては覗き込んだことは覚えてます。

幸田 何を覗き込んだんですか。

辻 ケーブルが入っている地下の中をどこか開けて、中を覗いたことは覚えてます。

幸田 どこかというのはどういうものだったかは。

辻 何かのふたです。

幸田 鉄のふたですか、木のふたですか。

辻 金属製品だったと思います。

幸田 マンホールと理解していいんですか。

辻 いや、それはちょっと違うと思います。

幸田 そうではないんですか。

辻 はい。

幸田 その場所は、例えば地図を示したら、ここの部分のふたを開けたというのは特定できますか。

辻 いえ、まったくできません。

幸田 開けて何をされたんですか。

辻 いや、見ただけです。

幸田 どういう状況になってましたか。

辻 無数のケーブルが通ってるのを確認しただけですね。

幸田 そうすると、それだけで盗聴がなされていないという判断をされた根拠は何ですか。

辻 判断というよりも、大石寺の中の全部の調査をできるわけがないというところが正直なところでした。

幸田 調査不能だという話を渡邉にしたわけですか。

辻 いや、違います。それは私としてはできませんでした。帝国リサーチの社員としては帝国リサーチにはそういう報告はできますが、お客さんである渡邉さんにはそういう言い方はちょっとできませんでした。

幸田 ということはうそをついたということですか。

辻 結果的にはそういうことになって、申し訳ないと思います。

幸田 あなたがこの大石寺の調査に行かれた時に何か機材は持っていかれましたか。

辻 はい。

幸田 何という機材ですか。

辻 脚立を持っていきました。それとヘルメットですね。あと作業着、安全ベルトですね。それと機材の名前がはっきり分かりませんので申し訳ないんですが、レシーバーという類のものでしょうかね。

幸田 レシーバーというのはどのようにして使用するんですか。

辻 先程、ビデオに写っておりましたね。線がありましたけど、あれがレシーバーというふうに言っておりました。

幸田 端子に接続して確認するということになるんですね、

辻 はい、そうです。

幸田 先程のお話だと、先程のビデオは、妙観講本部の電話機で何か通話をして、それが傍受できたというようなお話でしたね。

辻 はい。

幸田 大石寺に行かれた時にどの電話を調査されたんですか。

辻 理境坊ではそういった形で確認しました。

幸田 理境坊の電話で誰かが通話したんですか。

辻 いえ、違います。

幸田 どうしたんですか。

辻 盗聴用のヒューズ、その他がついていないかどうかの確認をまず取りました。

幸田 それは目視ですね。

辻 そうです。

幸田 レシーバーを使った調査というのはどのようになされたんですか。

辻 すみません。そのレシーバーというのは直接、理境坊では使っておりません。

幸田 大石寺内で使いましたか。

辻 大石寺内でも使ってないと思います。

幸田 そうすると、電話の受話器を上げて通話状態にして調査をするという調査活動はされていないということでいいですね。

辻 はい、そうです。

(妙観講不当訴訟・第二三回・平成十八年六月二十一日「辻調書」一八頁)

辻の言っている「レシーバー」というのは、実際に法廷に行ってビデオを見ていない方にはなかなか理解できないと思われる。辻の言う「レシーバー」とは、電話工事用のイヤホンのようなものである。イヤホンから延びたコードの先に赤と黒のワニ口クリップが付いているものを、辻は「レシーバー」と言っているのである。正式には、線路試験用送受器という。

その「レシーバー」について、辻は一度は理境坊で使用したかのように言いながら、その舌の根も乾かぬうちに、すぐさま「理境坊では使っておりません」と変遷した。このような辻の証言は信用することができない。

とはいえ、この箇所における辻の証言をさらに検証してみたい。

もし、辻が電話盗聴器の探査のために大石寺を訪れたならば、不審な電波が出ていないかどうかを調べるための特殊な無線機が必要である。電話盗聴器が発する電波は広帯域に及んでいることが予想されるから、それを受信することが可能な広帯域無線受信機の携行が必要なのである。実際、辻はこの受信機について、前もって次のように証言している。

幸田 電波を拾う受信機を使って電波をスキャンして、盗聴されてるかどうかを調べるということはされますか。

辻 そういうことは何度かやったことがあります。

幸田 妙観講本部の時はされましたか。

辻 妙観講本部の中ではやったんではないかと思います。(「同」一一頁)

電話盗聴器の探査のために無線受信機が必要であることは、興信所の社員である辻は常識的に知っている。しかし辻は、その無線受信機すらも大石寺に携行していなかったという。

それはどうしてだろうか。

無線受信機は、電話盗聴器の発見に不可欠であるのと同時に、電話盗聴器を仕掛け電話盗聴器が発する電波を受信する場合にも不可欠だからである。すなわち、無線受信機の携行を証言することは、辻にとって両刃の剣となる。したがって辻は、無線受信機を携行しなかったと証言したのである。電話盗聴器探査のためには無線受信機が不可欠なのだから、辻はこれを持っていったと言っても不自然ではないのに、少しでも危ないと思ったら関係を遮断しようとする。「秋」から「春」にまで、ただただ遁走してしまう辻の習性が、ここにも垣間見える。

しかし、無線受信機は電話盗聴器の探査のためにも必要不可欠なものなのだから、これを携行しなかったとの辻の証言は、電話盗聴器の探査のために辻が大石寺を訪れたのだという大前提をも崩すことになったのである。

辻は偽証をしているために極度の緊張にあったのだろう。辻は妙観講本部において電話盗聴器探査のために無線受信機を使用したと、ほんの少し前に証言したのを忘れたのではあるまいか。そのため、大石寺では一切使用していないと自己撞着ともいえる証言をした思われる。

◆辻からみても不自然な妙泉坊の調査費

次に、大石寺総体の電話盗聴器発見調査であるならば、必ず調査するであろう箇所、すなわち「大石寺周辺主要電話配線図」(巻末資料6)に示すところのD地点とE地点の間にある電話回線への調査について辻は尋問された。

乙ホ第127号証(大石寺周辺主要電話配線図写し)を示す

幸田 大石寺の周辺に赤で電話配線がこのようになされてるということをA、B、C、D、E、F、G、という感じで書かれてますけども、この赤い線でA、B、C、Dとなってる部分は大石寺の敷地外になりますけども、あなたがおっしゃってる理境坊というのも実際、中心部分にありますね。

辻 はい。

幸田 この外の敷地外のD、E間というところを盗聴される可能性があるとか、そこを調査すべきだというお考えは現場に行って持たれましたか。

辻 いえ、まったくありません。

幸田 そういう可能性はないというふうにお考えになったの。

辻 いえ、そうではありません。中で動けるのは渡邉さんの案内でしかいけませんでしたので、この外にはまったく行っておりませんので。

幸田 まったく外には目が向いてないということですか。

辻 そういうことです。

幸田 大石寺の調査費用が幾らかというのはご存じですか。

辻 いえ、知りません。

幸田 大草さんのお話ですと調査費用は5万円だったというお話なんですが、そういうことはお聞きになってませんか。

辻 先日、伺いました。

幸田 それは、それでは安すぎると思われますか。

辻 それは印象としてはそう思いますが、何ともはや。

幸田 2人行かれてるんですよね。

辻 はい。

幸田 実際に朝何時に出られましたか。

辻 かなり早い、6時か7時ぐらいだったと思いますが。

幸田 向こうに着いたのは。

辻 10時過ぎぐらいだったんではないかと思います。

幸田 何時まで調査されましたか。

辻 ほぼ半日おりましたので、夕方まではいたんじゃないかと。

幸田 その日に帰りましたか。

辻 はい、帰りました。(「同」二一頁)

この辻の証言もおかしい。先に紹介した辻の証言によれば、辻は渡辺に案内され「金属製品」のふたを開け、「ケーブルが入っている地下の中をどこか開けて、中を覗い」て、「無数のケーブルが通ってるのを確認した」。また理境坊では、「盗聴用のヒューズ、その他がついていないかどうかの確認を」「目視」で行なった。機材は一切使用していない。それなのに、どうしてこんな調査が朝の「10時過ぎ」から「夕方」までかかるのであろうか。これも不可解なことである。

また辻は、渡辺が道案内のために東京より大石寺まで辻に同道したという渡辺証言を崩すために、(株)帝国リサーチの別の社員と一緒に大石寺に行ったと証言したが、このことが反って仇となった。二人で東京から出張して、交通費込みで五万円は安すぎる。辻も尋問で次のように答えている。

幸田 2人で5万円というのはあまりにも安すぎるなという印象ですか。

辻 印象としてはそうです。(「同」二二頁)

辻から見ても不自然な「5万円」という安い支払いについて、X訴訟において大草は(株)帝国リサーチ発行の「請求書」に「妙泉坊の件」と表記されているものは「理境坊や大石寺も含めた調査」のことだと強弁した。大草も、どうしても「妙泉坊」から逃げたいのである。しかし、大石寺の塔中坊の名前のすべてを知っているわけのない(株)帝国リサーチの関係者が、「妙泉坊の件」と錯誤して書くことはない。「妙泉坊」に関わることだから「妙泉坊の件」と書かれたと考えるのが当然である。これに異議をはさむ者はいないだろう。X訴訟において、大草は次のように証言している。

X訴訟原告X代理人本田

乙ハ42号証を示す

本田 このように帝国リサーチから妙泉坊調査の請求書が出ており、帝国リサーチの福田氏も妙泉坊調査をやったことを認めていますが、あなたとしては妙泉坊の調査をした記憶はないのですか。

大草 いや、全くありません。

本田 請求書が来て福田さんも認めているけど、あなたはない。

大草 これは理境坊や大石寺も含めた調査を、妙泉坊の件というふうに表記されていると思いますけれども、多分。

本田 塔中坊の調査の費用はだれが払ったのですか。

大草 ちょっと私はその辺は全く記憶しておりません。

本田 じゃあ渡邉が払ったんですか、あなたが払ったんですか、小川が払ったのかは、分かりませんか。

大草 それはちょっと。

本田 少なくともだれではないということは分かりますか。

大草 私が直接そのときは払っていませんから、それだけは確かですね。

(X訴訟・第一七回・平成十三年二月十五日「大草調書④」三三頁)

このように「妙泉坊の件」の五万円の支払いについて、大草は支払いをしていないと明言した。さらにこの五万円の支払いについては、小川も支払いをしていないと証言した。辻ですら安いという調査費。それも大草や小川の言うところによれば、大石寺総体の調査費について未払いであり、(株)帝国リサーチ側からも請求がないので、そのままになったというのである。X訴訟において小川は次のように証言している。

X訴訟原告X代理人菅原

菅原 前回のあなたの証言によりますと、平成3年に行われた大石寺の電話線に対する盗聴器が仕掛けられたかどうかの有無の調査について、この調査費用というのは大石寺が払うべきものだと、本来。それで忘れていましたと。調査したわけですね、忘れていたんで。

小川 はい。

菅原 その結果請求書がきていませんと。だから大石寺としては払っていないということですね。

小川 はい。

菅原 調査した結果、大草さんのほうにあなたのほうが立替払をしましたかと問い合わせをしましたか。

小川 それもちょっと忘れてますがね。

菅原 問い合わしたかどうかを聞いてるんです。問い合わしたことがありますか。

小川 一度くらいはあったと思います。

菅原 問い合わせた結果は。

小川 まだだったか……。

菅原 払ってないということでしょう。

小川 はい。

菅原 その後どう処理されましたか。

小川 ですから、その後はそのままになってます。

菅原 前回の証言の前にもう一度調査したでしょう、あなたは。証言するについて。

小川 はい。

菅原 証言するについて、このお金を払っていたかどうか調査したわけでしょう。

小川 どういうことですか。

菅原 前回あなたの証言ですと、忘れていたんですと。請求書が来ていませんと。請求書がきていないということは、調査の結果請求書がきていないということが判明したということでしょう。

小川 そうですね。

菅原 そういうことをあなたは証言しているんだから、大石寺はなおかつ払ってないと。大草さんに対して代わりに払ってくれましたかと問い合わせをしましたか。

小川 確か一度したと思いますが。

菅原 近ごろのことでいいんです。

小川 一回したくらいで、後はそのままになってました。

菅原 払っていないわけでしょう。

小川 そうですね。

菅原 大石寺としては、人にものを頼んでお金を払わないんですか。

小川 そんなことはありません。もちろんそれは請求がくれば当然払うことですよ。

菅原 請求はどうしたんですかと。その後帝国リサーチに聞きましたか。

小川 それは聞いてません。

菅原 あなたのところが頼んだんでしょう。

小川 それは大草君を経由してお願いしましたので。ですから当然大草君のほうにどうなったのかと一度くらいは聞いたと思いますが。

菅原 彼のほうは払っていないということでしょう。

小川 どうですかね。大草君のほうでは忘れているようなことでしたが。

菅原 あなたのほうはその辺も調査してないんですか。

小川 だからそのまま忘れたということですね。

菅原 大草さんはこの法廷で払っていないと証言をしているんですよ。

小川 分かりませんね、こちらでは。

菅原 随分不自然なことじゃないですか。

小川 そうですね……。ですからどなたが払っているか。

菅原 そんないい加減なんですか。

小川 いい加減というよりはそのまま忘れていたということです。ただ大した金額ではないというふうには思ってました。ですからそのまま忘れたと言いますか。

菅原 いいやということだったんですか。

小川 まあそういうことですね。

甲第34号証を示す

菅原 あなたがこの調査を依頼した株式会社帝国リサーチが作った請求書なんですけれども、ここの件名というところで、「3、妙泉坊の件出張費50,000円」という件がありまして、どうやらこれが本件で問題になっている調査費のことかなと思われるんですが、こういうことを見て思い出しませんか。いろいろなことを。

小川 特別大石寺の調査をしたということの関連かどうか分かりませんが。

菅原 思い出さない。

小川 はい。(X訴訟・第一九回・平成十三年七月二十六日「小川調書②」一頁)

小川は大石寺の理事会決定までして依頼したにもかかわらず、金を払っていないと言っているが、これはX訴訟における二回目の小川の証言である。同年五月三十一日の一回目の法廷においても小川は「妙泉坊の件」の支払いについて被告渡辺茂夫代理人である宮本弁護士から質問され、大石寺に請求書が届いていないなどと曖昧な答えを行なっていた。そうであるなら、この大石寺理事会で決定したという「妙泉坊の件」について、その支払いがどうなっているのかをきちんと調べた上で二回目の法廷に臨むべきである。しかし小川は二回目の法廷においても、金を払っていないなどと曖昧な返事に終始した。

なお、電話盗聴器発見探査の調査費については、別の盗聴器探査も問題になっている。

同じくX訴訟で大草は、「長野県佐久市の自宅および会社、伊那の信盛寺、甲府・正光寺、講頭の小池一彦氏の会社」「東京の大修寺」「移転した妙観講の新本部」の「盗聴器探査」を「1日5万」で行なってもらい、妙観講本部については「多分七万」で行なってもらったと証言した。そしていずれもポケットマネーで支払い、領収書ももらっていないと述べた。しかし、大草はこの「妙泉坊の件」については決して「ポケットマネーで払った」とは述べないで、この一件からは距離を置こうとするのである。

◆(株)帝国リサーチには電話盗聴のできる技術者がいた

(株)報恩社の訴訟代理人である幸田弁護士に続いて、創価学会の訴訟代理人である新堀富士夫弁護士が辻に尋問した。新堀弁護士によって、辻が(株)帝国リサーチを辞めたという平成三年十月末以降も、大石寺周辺の右翼の動向調査などを辻が(株)帝国リサーチと連携して行なっていたことがはっきりとした。勿論、辻はこの件についても言を左右にしたのであるが、客観的には、辻が事実の隠蔽のためにムキになっているようにしか見えない。

辻はX訴訟において大草側より出した「陳述書」に次のように書いている。

渡辺氏によれば、平成4年3月19日、同氏の父上の葬儀(通夜)に私が出席し、佐藤せい子氏という女性に連れて帰られた(渡辺陳述書216頁)、とされていますが、まったく事実無根です。

私は、渡辺氏の父上の葬儀には行っておりませんし、したがって佐藤氏に連れ帰られてもいません。

渡辺氏は、ありもしない私と妙観講の特別なつながりがあったかのような虚構を作出しようとし、このような嘘を積み重ねているのだと思います。

(X訴訟・平成十三年二月十三日付「辻陳述書」七頁)

ところが、渡辺の父の葬儀の際の会葬者の名前が記された「会葬者芳名録」が提出され、そこに辻の特徴ある直筆の文字で「辻栄三郎」と記されていることが示された。つまり、辻が渡辺の父の死に際し、弔問のために渡辺宅を訪れた事実が示されたのである。これに対して辻はただ頑なに否定を繰り返し、かえって裁判官の心証を悪くした。これにより、辻が「陳述書」への虚偽記載を行なったことが明らかとなり追及がなされた。

続けて創価学会訴訟代理人が新堀弁護士から海野秀樹弁護士に代わって辻を追及する。

被告創価学会代理人海野

海野 帝国リサーチの方々というのはどうしてやったら電話の盗聴ができるか、逆にどうやったら電話の盗聴調査ができるかということについては皆さん、詳しいんですか。

辻 入社しますと、そういうことについてはレクチャーを多少受けますので、詳しいってほどではないにしても、そこそこの知識はあると思います。

海野 先程、ビデオに写りました隣のマンションの配電盤なんかを開けてましたね。

辻 はい。

海野 ああいったあたりのことというのはある程度、電話の仕組みに詳しくないとできないことではないんですか。

辻 いいえ、そうでもないと思います。1時間ほどのレクチャーで誰でも理解できると思います。

海野 先程来、容観的な事実として帝国リサーチが盗聴をやったということは裁判所でも認定されているという指摘が最初にあったと思うんですけれども、あなたは帝国リサーチにいらしたわけだけど、具体的にそういった盗聴を実行した人間として、帝国リサーチの社員として、あなたが思い浮かぶ人がいますか。

原告ら代理人小川原

小川原 私も質問の意味が。いつの時期のどういう盗聴についてというご質問ですか。

被告創価学会代理人海野

海野 どの時期でもいいですよ。

原告ら代理人小川原

小川原 でも、それじゃあ余りにも。

被告創価学会代理人海野

海野 何でもいいですよ。本件で問題となっている件でいいですよ。顕正会でも結構ですよ。Xさんのところでもいいし、Yさんのところでもいいし、宣徳寺でもいいです。

辻 意味がよく分からないんですけど。

海野 今申し上げた4件の盗聴関係で、あなたは帝国リサーチにいらしたわけだから、あなたがいらした時でいいですよ。社員で具体的に盗聴を実行した人間として、この人ではないかと思われる人はいますか。

原告ら代理人小川原

小川原 それだったら前提として、そのことを知ってるかどうかをまず聞いていただかないと。人が誰かという前に盗聴を帝国リサーチがやったことを知ってるかどうかということを確認していただきたいと思います。

(妙観講不当訴訟・第二三回・平成十八年六月二十一日「辻調書」四三頁)

ここで業を煮やした裁判長がついに介入した。

裁判長 端的にお伺いしてお答えいただいたらどうですか。帝国リサーチとして盗聴行為をもししたとすれば、誰がやったんだろうというのは誰か想定できる人がいますかという質問ですよ。ああ、あの人ならやれるかもしれないなと。誰でもやれることじゃないだろうから、あの人ならやれるかもしれないなと思いつく人がいますかという質問ですよ。

辻 技術的に言えば数人いたと思います。ただ、それしか私にはちょっと言いようがありません。

(「同」四五頁)

(株)帝国リサーチには、電話盗聴の技術を持った人間が数人いたことが辻本人の口から確認された。もう、これで十分だろう。

しかし、追撃の手はやまない。

被告株式会社報恩社代理人幸田

幸田 先程、大石寺に行かれた時に金属様のもののふたを開けて地下ケーブルをご覧になったとおっしゃいましたよね。

辻 はい。

幸田 そのふたを開けるのは何か機材が必要だったんですか。

辻 いや、手で開いたと思いますが。

幸田 そこの場所は誰に案内してもらったの。

辻 渡邉さんです。

幸田 渡邉がその場所を指定してきたんですか。

辻 はい、そうです。

幸田 ここに地下ケーブルがあるということを渡邉は言っていたんですか。

辻 はい、そうです。(「同」四九頁)

それでは大石寺における渡辺の役割とは何であったのか。辻の言い分によるならば、渡辺の役割は、大石寺で辻と待ち合わせをし、理境坊に案内し、地下ケーブルを覗くことができる箇所を示した、というだけのことである。これだけであるならば渡辺は必要がない。大石寺の電話のメンテナンスをしていた静岡電話工業(株)の大石寺常駐社員が案内すればよいことである。また、理境坊で辻が行なったような「目視」調査ならば、これまた静岡電話工業(株)に見せれば済むことである。そうなると辻も渡辺も大石寺に行く必要がなくなる。理境坊住職の小川の主張によれば、大石寺理事会で電話盗聴器発見調査が決定され、辻が大石寺に来たことになるのだが、その結果がこのようなお粗末なものであるならば、小川のいう理事会の決定すら虚偽の疑いが強くなる。裁判の過程においても、この理事会の議事録が提出されていないことを勘案すると、小川の偽証が強く疑われる。

被告創価学会代理人海野

海野 先程、あなたは平成3年春に大石寺の調査に行ったとおっしゃってましたよね。

辻 はい、 申し上げました。

海野 先程来、あなたは時系列は私は弱い弱いとおっしゃるんだけど、それが3年の春だとおっしゃる根拠は何かあるんですか。

辻 これも記憶ですけども、暑くなかったということです。秋ではない、といって夏でもない。そうなると春ぐらいだろうということです。

海野 秋じゃないと思われる根拠は。

辻 秋には行ってませんので、それは記憶にあります。(同)

神聖なる法廷は、もう、謎かけの世界に入っていた。このような辻の説明で、どうして「秋」ではないと言い張れるのか、さっぱりわからない。この謎かけのような証言に念押しがなされた。

被告株式会社報恩社代理人幸田

幸田 間違いないですね。後から2回行ったとか言いませんね。

辻 はい。(「同」五〇頁)

裁判長がさらに真実を聞きだそうとする。

裁判長 大石寺のほうに行った機会というのは1回だけなわけですか。

辻 退職後は右翼の調査を含めて2回あったと思います。

裁判長 そうすると先程、マンホールかどうかはともかくとして、地表に穴があいておって、その地下の中にケーブルが入っている。それは電話線のケーブルだというのを確認した場面というのは在職中ですか。

辻 在職中のことです。

裁判長 在職中、大石寺に行ったのは1回限りと。

辻 はい、そうです。

裁判長 その行った時は朝出発して車で行ったということなんですか。

辻 はい、そうです。

裁判長 それは渡邉さんは乗っていっていないんですか。向こうで落ち合ったというわけなんですか。

辻 乗っていないと思います。

裁判長 渡邉さんのほうの書類によると、あるいは供述によると、あなたの運転した車に乗せて、大石寺に初めて行くということで案内をしていったら、 自分のほうでもどこだかよく分からなくなって道に迷ったということを供述しておるんですけど、そんな出来事はなかったですか。

辻 あのくだりは私も拝見しましたが、渡邉さんが私の家にとまって、そのまま2人で出かけたというふうに書かれてるんですが、それは間違いです。

裁判長 私が聞いてるのは泊まったかどうかじゃなくて、道案内をしてもらって、あなたの車で案内をされて行ったというところはどうですかと聞いてるんです。

辻 在職中のことですから、それはなかったと思います。(「同」五一頁)

これでは辻は自白をしたのも同然である。ここで辻が言っていることは、(株)帝国リサーチに「在職中、大石寺に」「1回」「行った」ということに集約される。

秋ではない、しかし夏でもない、だから春だという話よりは、「在職中」だったという辻の明言は事実を浮かび上がらせる。

◆辻の証言に傍聴席から失笑がもれた

さらに念押しの尋問が行なわれた。辻が(株)帝国リサーチのもう一名の社員と一緒に大石寺に向かい、東京から渡辺が道案内で同道していないという辻の証言の不自然さについての尋問であった。辻が、渡辺は同道していないというのであれば、どこで待ち合わせをしたのか記憶があってしかるべきである。ところが、それについては以下のような証言をした。

被告創価学会代理人海野

海野 今のところですけど、渡邉さんが乗っていったかどうかという問題であなたは記憶ないとおっしゃるんだけど、渡邉さんとはどこで落ち合ったんですか。

辻 いや、分かりません。

海野 あなたは大石寺に行ったのは初めてなんでしょう。

辻 初めてです。

海野 どこを目指して行ったんですか。

辻 地図を見れば書いてあった。

海野 地図見ていいですよ。大石寺のどこを目指して行ったんですか。

辻 いや、それは特に覚えてません。

海野 大石寺がものすごく広いというのはよく分かっていらっしゃいますよね。

辻 はい。

海野 落ち合ったのはそのどこですか。

辻 玄関なんでしょうか。

海野 玄関というのはどこの玄関でしょうか。

辻 いや、どうなんでしょう。(「同」五二頁)

大石寺の「玄関」とは、いったいどこの「玄関」であろうか。三門かな。総門かな。大石寺には各塔中坊の玄関が何十とある。果たして辻は渡辺と、どの「玄関」で「落ち合った」のであろうか。

この辻の珍答に、傍聴席では失笑がもれた。

以上のような辻の証言により、(株)帝国リサーチが平成三年十二月九日付で発行した「請求書」に書かれた「妙泉坊の件出張費」が、妙泉坊に対する電話盗聴未遂の実費請求であったことが明確となった。

ということは、どういうことか。大石寺ナンバー2の電話盗聴を命ずることのできる者は誰か。その者は日蓮正宗渉外部長で宣徳寺住職の秋元広学の電話盗聴をも命じている。

平成七年十二月初旬、僧侶Aは私に述べた。

「電話盗聴は御前さんが命令したもので、その命令を受け小川只道と妙観講の講頭である大草一男が渡辺に命令伝達した。その命令を受けた渡辺が、帝国リサーチに依頼し実行させたもの」

大草と小川は、(株)帝国リサーチ発行の「請求書」に「妙泉坊の件」と書かれていたにも関わらず、それは大石寺全体の調査だったと言い逃れをし、それでありながらその費用は五万円であったとした。くわえてその費用も未払いだと述べた。また、電話盗聴器発見調査のために大石寺を訪れたという辻の大石寺内における調査内容も不可解なもので、その行動は調査の体をなしていない。

辻、大草、小川の証言をみるならば、この三者が共同で「妙泉坊の件」を隠蔽しようとしていることは確かである。

◆やはり信用できるのは渡辺茂夫の陳述だった

以下にX訴訟において渡辺茂夫が書いて提出した「陳述書」(平成十一年九月三十日付)の記載のうち、妙泉坊電話盗聴未遂事件についての部分を紹介する。これを読めば、渡辺の「陳述書」に書かれたことが真実であると、誰しもが判断されることだろう。

次に大石寺の塔中坊の一つである妙泉坊の電話盗聴未遂について述べます。八木信瑩主任理事が住職をしている妙泉坊については、福田社長の指示で辻栄三郎氏が現場に行くことになりました。

私は、本山側にどのように説明して被告帝国リサーチを大石寺に連れて行くかを被告小川師と話し合いました。その結果、大石寺が盗聴されていないかどうか業者に調べてもらうという名目で連れて行けばよいということになりました。大石寺に行く前の晩に私は辻栄三郎氏の自宅(当時、世田谷区代田橋)に泊まり、翌日、車で大石寺へ向かいました。私と辻栄三郎氏は大石寺の近くまで行ったのですが道に迷ってしまい、バス発着所のほうからやっと到着しました。辻栄三郎氏は大石寺を見ながらとまどったように、

「寺っていうから、京都などにある格式のある寺を想像していた。ここはタテ、ヨコに広すぎる。全体観がわからない」

と言っていました。私と辻栄三郎氏は、被告小川師と内事部の朝礼の前に打ち合わせをすることになっていたのですが間に合わず、遅刻してしまいました。朝礼しているところを覗くと、日顕上人猊下がいました。朝礼が終わるまでしばらく内事部の受付で待っていました。朝礼が終わり、被告小川師に案内されて内事部の応接室の一つで最終的な確認と打ち合わせをしました。私は辻栄三郎氏を被告小川師に紹介をしました。

「帝国リサーチの辻栄三郎さんです。猿(ましら)のごとく木に登るプロです」

「理境坊住職の小川です」

と挨拶を交わしたのち、被告小川師から、

「遅れてきてダメじゃないの」

と注意されたので、私は、

「すいません。道に不慣れなもので」

と謝まりましたが、被告小川師から、

「なに言ってんのよ。朝礼は始まっちゃってるんだから」

と言われました。私は、

「宣徳寺の盗聴は継続してやってもらってます。妙泉坊も、盗聴可能と思います」

と述べ、私はさらに、

「『盗聴されているかもしれないから調査する』という名目で盗聴するということでいいんですね」

と念を押しました。被告小川師は、

「そう、そう、それでかまわんよ。油断するから」

と笑いながら言いました。ただし理境坊の場合は盗聴防止が真実の目的でしたから、

「理境坊については本堂から庫裡も調べてもらっていいけど、ベッドルームはご遠慮、願いたいな」

と被告小川師から言われました。私は、

「わかりました」

と返事をしました。被告小川師の案内で内事部の電話交換室に入り、システムの説明を受けました。辻栄三郎氏が、

「電話の配線図を見せてもらいたい」

と言うと、被告小川師が持ってきて辻栄三郎氏に見せました。

「あとは自由にしてください。フリーで動けるようになっているから。もしなにか聞かれたら小川理事の了解を得てますと言えばいいから」

と言われて、いったん、被告小川師と別れました。

最初に、宗務院の建物の周辺の電話回線がどのようになっているのか、辻栄三郎氏と見て回りました。二階の部屋から庶務部長の早瀬義寛師が私たちを睨みつけていました。いったん乗って来た車に戻り、辻栄三郎氏は作業服に着替え、ヘルメットをかぶりました。そして私たちは理境坊へ入りました。理境坊は被告小川師の夫人立ち会いのもとで辻栄三郎氏が調査をしました。私はその間、外で待っていました。調査が終わると辻栄三郎氏は、

「ベッドルームまで調べましたよ」

と笑いながら言っていました。

このあと、妙泉坊を見に行きました。妙泉坊を調べていると、辻栄三郎氏が大石寺の塔中には電柱がないのに気づきました。辻栄三郎氏は、

「こりゃ、ダメだ。全部、下にいってる」

と言いました。大石寺の電話回線はすべて地下ケーブルを通っているようでした。それを確かめるべく辻栄三郎氏が理境坊の裏手の方にあるマンホールを開け中に入っていきました。マンホールから出てきた辻栄三郎氏が私に、

「ここの電話回線は何十本という電話回線を一本でくくってあるんですよ。それを裂いて盗聴器をしかければすぐにバレてしまう。束になった回線のうち、どれが妙泉坊の回線かを特定するのは至難の技だから、事実上、盗聴はむずかしいですね。ひとつ方法があるとすれば妙泉坊に直接つけることでしょうね」

と説明しました。辻栄三郎氏と話し合った結果、妙泉坊に直接、盗聴器を取り付けるのは危険であり、取り外しも困難であるということになり、妙泉坊の電話盗聴は断念せざるを得ないという結論に達しました。

辻栄三郎氏に車で待ってもらって、被告小川師と理境坊の庫裡で話をしました。

私が、

「妙泉坊を盗聴するのは技術的にむずかしいです。妙泉坊は中止するしかありませんが、宣徳寺の方は大丈夫ですから。続行してかまいませんか?」

と尋ねると、被告小川師からは、

「そうかね。講頭さんと一緒にやってください」

という答えが返ってきました。

私は自宅に帰ってから電話で被告大草氏に、妙泉坊の電話盗聴が技術的にできないことと宣徳寺の電話盗聴を続行すると被告小川師から言われたと報告しましたが、被告大草氏は、

「ほー、そうかい」

と素っ気ない返事でした。(X訴訟・平成十一年九月三十日付「渡辺陳述書」一七九頁)

私は、この渡辺の陳述にのみ真実性を見る。

妙泉坊住職の八木信瑩は、当時、大石寺ナンバー2の地位である主任理事を務めていた。その妙泉坊に対して電話盗聴がなされようとしたことは、実に重大な事実を暗示する。大石寺のナンバー2の電話盗聴を命じたのは誰なのか、ということである。

Page
Top