北林芳典の公式ウェブサイト 著作・発行物の紹介、教学に関する論文や裁判履歴・記録など

|サイトマップ|

第1章 僧侶Aよりの情報

長年にわたり日蓮正宗並びに大石寺中枢に関わる情報を私に提供してくれてきた僧侶がいる。ここでは仮にその僧侶の名をAと呼称しよう。

僧侶Aが「緊急に会いたい」「重要情報がある。それに関わる証拠を手渡したい」と私に伝えてきたのは、平成七年十二月初旬のことだった。数日を経ずして私は僧侶Aと会った。私は僧侶Aと約束した場所に、約束した時刻の三十分前に着いた。

僧侶Aは種々の宗内情報より、阿部日顕は第六十六世大石寺貫主の細井日達から相承を受けていないと判断しており、阿部日顕の登座後のやり方についても日蓮大聖人の仏法を著しく歪めるものであると批判的な立場を取っていた。さらには創価学会こそ宗門興隆の恩人であり、真の和合僧団であると考え、長期的には僧俗和合がなる日が来ることを望んでいた。そのような宗教的心情から、僧侶Aは折に触れて私に重要情報を提供してくれてきたのであった。

◆創価学会破門の謀議

私は僧侶Aを待つ間、かねて私に僧侶Aがもたらした情報のうち、特別な年であった平成二年のことを思い出していた。

平成二年の初めには、宗内のごく一部に創価学会の池田大作名誉会長を宗内より排除しようと「池田追放」をかまびすしく言う者たちがいた。だが、それは創価学会に反感を持つ者たちが、感情にまかせて仲間内の気安さから、口先だけで言っているにすぎなかった。このようなことは長年にわたり宗内のどこかにあり、いつもとぐろを巻いているような話であった。しかし、なぜかこの年に入ってからは、その仲間内の話がいささか公然と話されるようになった状況があり、私としても入ってくる宗内の話に違和感を感じた。

このような時、僧侶Aは次のような、より次元の違う情報を私にもたらした。

「宗門が開創七百年を期して創価学会を破門する」

大石寺開創は一二九〇年であり開創七百年はまさに平成二年に当たっていた。

私はこの当時、阿部日顕らが創価学会に対してそこまでの策略的な思いを抱いていたとは考えず、聞いた当時はその情報の重要性に気づかなかった。宗内の不満分子の声が増幅して、そのような話になったのだと理解していた。

しかし阿部日顕を中心とした日蓮正宗中枢は、同年七月十六日、大石寺東京出張所(当時・東京都文京区西片)において、池田大作創価学会名誉会長を排除するという「池田追放」の謀議を行なっていた。この日の会議は後に「西片会議」と称されるようになるが、その二日後の同月十八日、大石寺大書院において、やはり阿部日顕を中心に会議(のち「御前会議」と称される)がもたれ、「池田追放」の基本路線が再確認された。

「西片会議」「御前会議」の様子については、平成五年の年末に北海道大布教区宗務大支院長・河辺慈篤が記した自筆のメモが流出したことによって判明する。この二つの会議に出席したのは、日蓮正宗管長の阿部日顕(当時・以下同)、同総監の藤本日潤、同庶務部長の早瀬義寛、同渉外部長の秋元広学、同海外部主任の関快道、大石寺主任理事の八木信瑩、そしてこれらの会議のメモを残した河辺慈篤の七名の者たちであった。この「河辺メモ」の発覚により、これらの会議で策定された作戦を「C作戦」と銘打ったのが阿部日顕自身であることも判明した。

河辺は平成二年七月十八日付のメモに次のように書いている。

「御前会議 於大書院

注=御前会議が大書院に変更になつたのは、当初、大奥洋間、新大奥と、盗聴を恐れて、いろいろ思案の末、大書院となり、あへて障子を全部開放し会議」(「河辺メモ」)

「○御前会議の流れ

早瀬部長よりの連絡会議報告の後、池田追放の線で進められ、

河辺=それでは、この作戦はG作戦だ。

猊下=それは違う。Cだよ」(同)

この平成二年初頭に僧侶Aが私にもたらした「宗門が開創七百年を期して創価学会を破門する」という情報は、長年にわたってさまざまな事件を見つめてきた私にとっても唐突に感じられるものであった。しかし、同年夏には宗内の対創価学会の処置は、阿部日顕により「C作戦」と銘打たれ、日程、時間、行動が定められた作戦要綱まで策定されるに至っていた。

それは池田名誉会長を創価学会より排除して創価学会を乗っ取るか、もしそれが実現しなければ創価学会総体を日蓮正宗より破門にし、その混乱に乗じて会員を切り崩して日蓮正宗の信者にするという内容のものであった。

そして平成二年十二月、僧侶Aは私に、反学会の記事を主に書いてきている段勲と、元東京都議会議員で反創価学会の旗色を鮮明にしていた藤原行正の手下であった「池田問題対策事務所」の事務局長・押木二郎が、十二月二十五日に本応寺住職(当時)の高橋公純の仲介で阿部日顕と密談するとの情報を知らせてきた。段勲は阿部日顕の相承を否定してきた正信会(日蓮正宗分派)と極めて密接な関係にあった者であり、本来ならば阿部日顕が直接会うこと自体が不自然極まりない。また押木は反創価学会の立場からさまざまなメディアに創価学会のイメージダウンを図る情報提供をしていた者である。当時、阿部日顕は創価学会より寺院の寄進を受けるなどして、表面上は創価学会との「僧俗和合路線」を装っていたのだから、この両者との密談が行なわれるということは極めて重要な情報だった。

この時の会談内容は、平成三年一月一日より日蓮正宗自由通信同盟という地下組織が発行したファックス通信紙『地涌』によって詳細が報じられて宗内に知られるところとなり、阿部日顕の謀略性が露となった。

「C作戦」は、平成二年十二月二十七日の宗規改正に基づき、池田大作創価学会名誉会長を総講頭より実質的に罷免することによって発動されたのである。しかし、その五日後の翌平成三年一月一日より『地涌』が宗内末寺にファックス送信され、数々の真相を宗内に知らせた。そしてその末寺に送信されたファックス通信は、創価学会に好意的な住職らから創価学会幹部などに知らされた。この『地涌』はさらに全国規模でおびただしい数のファックスやコピーでより多くの創価学会員に知らされ、事態の急変を憂慮した学会員が、真実を伝える『地涌』を貪り読んだ。

『地涌』は平成七年十二月の時点でもしぶとく発信され続けており、発刊号数は九〇〇号になろうとしていた。私は『地涌』の発刊以来、『地涌』編集部に重要情報を提供していた。「C作戦」の謀略を阻むために、『地涌』の果たした役割は非常に大きかった。また、それだけに阿部日顕をはじめとする日蓮正宗側の『地涌』に対する反感も多大なものがあった。

◆妙観講は秘密警察

僧侶Aが入ってきた。

外は北風が吹き、年の瀬も迫っており、バブル崩壊後とはいえ喧騒の中にあった。しかし僧侶Aはそのような浮かれた世相とは真反対のこわばった顔をして私の前に現れた。僧侶Aは型どおりのあいさつの後、私に言った。

「日蓮正宗はもう終わりですよ。宗内には前々から、末寺住職などに対する電話盗聴が行なわれているとの噂がありました。皆、それで戦々兢々としていたのです。その嫌な噂が本当だったのです。御前さんが妙観講を使い、電話盗聴させていたのです」

私は僧侶Aの突然の話の切り出しに驚かざるを得なかった。

「それはどういうことですか」

「御前さんが小川只道に命じ、小川が自分の理境坊所属の妙観講講頭の大草一男に命じて、さらに大草が妙観講の教学部長だった渡辺茂夫を通して業者を使い、宗内外の者を電話盗聴させているんです」

「電話盗聴されたのは誰なんですか」

「八木や秋元ですよ」

「八木信瑩、秋元広学ですか」

「そうです」

「八木といえば、大石寺の主任理事で、大石寺のナンバー2の立場じゃないですか。秋元も日蓮正宗宗務院五部長の一人の渉外部長でしょ。それを法主が在家に命じて電話盗聴させたというんですか」

「そのとおりです。今、妙観講は御前さんの秘密警察なんです。この忌むべき構造をなんとか排除したいと私は思っています」

「先ほど業者と言いましたけれども、業者の名前は何というんですか」

「帝国リサーチです。それは私が今日、持ってきた資料を見てもらえばわかります」

「それにしても違法な調査を業者に依頼したのであれば、結構、金もかかったんじゃないんですか」

「それらの金は本山から出ているんです。厳密に言えば、御前さんの指示で資金提供されたんです」

僧侶Aは声を低め、しぼり出すようにそう述べた。聞いている私も、事の重大さに身を硬くした。

「Aさん、その情報はどこから入手したんですか」

「いや、それは言えません。けれども、私の大変に信頼している人からの情報で、間違いありません。単に話だけではなく、資料や電話を盗聴して録音したテープも入手して、今、ここに持ってきています」

◆電話盗聴の証拠はそろっていた

僧侶Aは持参していた紙袋から書類と三本のカセットテープを出した。その資料の内容は次のようなものであった。(以下に紹介する①②③、⑥⑦は巻末資料1~5として本書に収録したので参照されたい。④⑤については電話盗聴被害者の個人情報であるため収録しなかった。)

① 平成三年十二月九日付(株)帝国リサーチ発行の宛名なし「請求書」のコピー一通

② ①と同日付(株)帝国リサーチ発行の渡辺宛「請求書」のコピー一通

③ 平成四年一月二十二日付の(株)帝国リサーチ「塩谷」から「渡辺」宛に送信されたファクシミリのコピー一枚

④ 「Xに関する内偵調査」と題する手書きの書面のコピー(著者注 なお書類にはXは実名表記されている。以下同じ。Xについては後に詳述する)

⑤ 平成三年十二月十三日付(株)帝国リサーチ作成のXに関する「特殊実態調査報告書」と題するワープロ打ちの書面のコピー一部

⑥ 「特殊調査の料金・報酬」と題する(株)帝国リサーチの料金表のコピー一枚

⑦ 「予想経費単価表」と題する(株)帝国リサーチの料金表のコピー一枚

私はこの資料の中で、最初に⑥の「特殊調査の料金・報酬」(巻末資料4)と題された(株)帝国リサーチの料金表を精査した。その「2」と「3」には、次のように記されていた。

 「2.電話傍受調査(原則として機器リースとする)

取付工作費 1回線…………………………500,000円

録音(自動の場合)1日(24時間)…………80,000円

録音(調査員付の場合)1日………………200,000円

*上記に張込を要する場合時間料金も可算されます。

 3.室内会話の盗聴録音

取付工作費(A)……………………………300,000円

取付工作費(B)………………………………50,000円

*(B)はご依頼主の立会いが可能な場合」

 「2」は「電話傍受調査」となっているが、「3」にははっきりと「室内会話の盗聴録音」と書かれていた。(株)帝国リサーチが「室内会話の盗聴録音」をやっていることが、これによってはっきりとした。特に興味を引いたのは、「取付工作費」が「A」の「300,000円」、「B」の「50,000円」とに分かれており、ご丁寧にも「(B)はご依頼主の立会いが可能な場合」と注意書きまで付記されていた。すると「A」は「ご依頼主の立会い」が「不可能な場合」つまり不法侵入すら前提にして盗聴録音を行なうことを示していると判断された。

さすがに電話盗聴については「盗聴」という用語を使わずに「傍受」という言葉を使っているが、先ほどの「室内会話の盗聴録音」で、依頼主の立会いが不可能な場合の経費が三〇万円であったのに対し、この「電話傍受調査」の「取付工作費」は一回線あたり五〇万円とより高額になっている。値段からして、この「電話傍受調査」の「取付工作費」が、電話使用者に無断で電話盗聴器を設置することであることがすぐさま理解できた。

また、この「電話傍受調査」の項には、「録音(自動の場合)1日(24時間)」が「80,000円」、「録音(調査員付の場合)1日」が「200,000円」と記されており、この法外な報酬からして、違法な電話盗聴であることが明確であった。

また私の知っているXについて、④「Xに関する内偵調査」と⑤「特殊実態調査報告書」があった。Xについて、これほど詳細な調査をしていたのかと私は驚いた。④の「Xに関する内偵調査」と⑤「特殊実態調査報告書」はほぼ同じ内容であった。しかし妙なことに、⑤「特殊実態調査報告書」にだけ特異な表記があった。

その「特殊実態調査報告書」の一枚目には、

「X(以下、本人と記す)に係る表記の件、特殊工作及び内偵、尾行張り込み調査の結果を、次の通り御報告申し上げます」

と記されていることが認められた。また中身をぱらぱらとめくっていくと、

「9、特殊工作調査の設置と成果」

という項目が目に飛び込んできた。そこには、

「11月7日(木曜日)夜、工事完了。以後十数日間にわたり、調査するも成果なし(不使用)

一旦、機器、その他を引き上げる」

「現在、Xの妻(実際は実名表記)の使用する電話回線を、調査中である」

などの電話盗聴を窺わせるに十分な内容が記載されていた。

二通の「請求書」に目をやると、二通のうち一通には宛名が記されていなかった。この宛名のない「請求書」(①、巻末資料1)の請求金額は「2,354,580円」である。その「内訳」として記された「件名」は「Xの件」と書かれていた。

また同じ日付のもう一通の「請求書」(②、巻末資料2)を見ると、こちらは「渡辺様」と宛名が明記されており、請求金額は「2,416,290円」である。先ほどの宛名のない「請求書」と金額は六万円ほどしか違わない。こちらの「内訳」には、

「1、Xの件        2,286,000円

2、宣徳寺、秋元広学の件 1,828,000円

3、妙泉坊の件出張費      50,000円

4、名古屋出張の件       52,290円

合計 4,216,290円」

と記載された後、「45%引」の「会員割引」が適用されて、最終的な請求金額が「2,416,290円」になっていた。

私は同じ日付の「請求書」が二通あることに、まず不審を覚えた。

①の「請求書」は宛名がなく「Xの件」のみ記され、「2,286,000円」と三パーセントの消費税「68,580円」を合計した「2,354,580円」が請求されている。

一方の②の「請求書」には、「渡辺様」と宛名が書かれており、請求金額について「会員割引」であることが明示され、「2,416,290円」と、①の「請求書」の請求金額とほぼ同じ金額が請求されている。しかし、こちら②の請求金額の内訳は「Xの件」だけでなく四件分となっており、それぞれ金額も示されている。

②の「請求書」は「会員割引」として「経費を除き(216,290円)、45%引」と記載され、四〇〇万円から四五パーセントの会員割引分の一八〇万円を引いた二二〇万円が請求金額であること、それに経費「216,290円」が加わり、「2,416,290円」が「会員割引」がなされた請求金額であることが示されていた。①②の「請求書」を見る限りにおいては、①の「請求書」が「Xの件」のみの消費税込みで、

「2,354,580円」

を請求したものであり、②の「請求書」は、「会員割引」として、

「2,416,290円」

を請求していながら、消費税はなく、「Xの件」「宣徳寺、秋元広学の件」「妙泉坊の件出張費」「名古屋出張の件」の四つの件名が書かれていた。

◆「請求書」は「本山」に出された

私はこの①の「請求書」と②の「請求書」が、どういう関係になっているのか疑問を持たざるをえなかった。私は僧侶Aに尋ねた。

「この二通の請求書の関係はどうなっているのですか」

「Xの件だけで請求がされている宛名なしの『請求書』(①)が、本山に宛てられたものです。(株)帝国リサーチへの支払いは、本山から行なわれていました。もう一つの四件の件名が記されている渡辺宛の『請求書』(②)は『請求書』と書かれてはいますが、先の宛名なしの『請求書』(①)の『明細書』のようなものだということです」

「どうして二通、作ったんですかね」

「Xを対象とした調査の請求でなければ、本山からお金を出せないからそうしたというふうに聞いています。八木や秋元が調べられている調査費を本山で出すことはできませんよ。このファックスを見れば、そこがよくわかります」

僧侶Aは、私に渡した資料の中から、③のファックスされて文字が崩れた書類(巻末資料3)を取り出して示した。そのファックスのヘッダーには、

「FROM テイコクリサーチ」「1992.1.22 15:11」

と印字されていた。一九九二年といえば平成四年のことである。このファックスには次のように書かれていた。

「渡辺様

メモを入れずに申し訳ありませんでしたが、この件(2,354,580円)の請求書分は、本山に出すので正規の料金で請求書を作成して欲しいとの事で、前回お渡し致しましたが、勿論、そちら様から頂く時は、45%引きです。差し引いた金額のものをFAXで送りますので、よろしくお願い致します。

塩谷」

このファックスの文面を読めば、電話盗聴の資金提供者が「本山」すなわち日蓮正宗大石寺であることは疑いようもなかった。大石寺から二〇〇万円超の特殊な諜報活動費が出されるとすれば、それは同宗の"法主〟である阿部日顕の決済がなければ不可能なことである。

そしてこの電話盗聴は僧侶Aが言うように、阿部日顕の指示が理境坊住職の小川只道を介して同坊所属の法華講である妙観講の講頭・大草一男へと伝えられ、大草より同講の教学部長であった渡辺茂夫へと命令が出され、渡辺が依頼者となって特殊調査会社である(株)帝国リサーチが実行したことが明らかであった。渡辺の関与はこのファックスの文面や「請求書」の宛名にもその名前が出ていることから疑う余地すらない。また、渡辺にはこのような大規模な電話盗聴を行なう動機もなければ資金もないと容易に判断できた。これらのことから、僧侶Aのもたらした資料は僧侶Aの情報を明確に裏づけるものであることが理解できた。

僧侶Aは続けて私に対し、四件の件名が書かれた②の「請求書」について説明を続けた。

「『妙泉坊の件出張費』というのは、金額が少ないですよね。五万円です。これは八木を電話盗聴しようとしたんだけれども未遂に終わったものだそうです。未遂に終わった理由は、電話回線の特定ができなかったからだそうです。その下の『名古屋出張の件』というのも金額が少ないですが、これは、ほら、あの頃、ビデオテープの件で宗門ともめていた名古屋の男がいたでしょ」

「奥住樹雄ですか」

「そうそう奥住樹雄。あの奥住を電話盗聴しようとして失敗したものだそうです」

Xと宣徳寺の秋元に対する電話盗聴は既遂であり、妙泉坊の八木への電話盗聴と名古屋の奥住への電話盗聴は失敗して未遂であったと、僧侶Aは私に説明した。

さらに僧侶Aは深刻な面持ちで述べた。

「創価学会幹部もやってますよ。それもかなり重要な幹部複数のようです」

「えっ……。しかし宗内の側近をやり、信者の誰彼なくやっているんだから、やってないと考えるほうがおかしいのかもしれませんね」

「手当たり次第の電話盗聴です。これについての電話盗聴録音テープや証拠になるような資料の入手はできていません。しかし、創価学会幹部複数に対する情報は確かです」

◆宗内のスパイを洗え

僧侶Aと私は、この無差別に見える電話盗聴の目的について話し合った。一連の電話盗聴が行なわれた平成三年の十一月、十二月の状況をふまえながら、「C作戦」が事前に漏洩したことが阿部日顕に致命的な打撃を与えたこと、電話盗聴の対象者二名が「C作戦」を謀議した「西片会議」「御前会議」の出席者であること、その「C作戦」の内容を最初に具体的に報じたのがファックス通信紙『地涌』であったこと、その後も『地涌』などで宗内機密が公然と報じられ、阿部日顕らがそのことにイラついていたことなどから、宗内情報の漏洩者の特定と『地涌』関係者の割り出しのために電話盗聴が行なわれたのであろう、という分析に落ち着いた。

また、私は、秋元が電話盗聴の対象者になっているのは、秋元が「C作戦」を謀議したときのメンバーの一人であり、それまで日蓮正宗の渉外部長で創価学会幹部との接点が多かったことなどから、今回の問題が勃発した平成三年当初より宗内では創価学会のスパイだと噂されていたからであろうと判断した。

八木についても、秋元と同じように「C作戦」を謀議した際のメンバーの一人であり、創価学会上層部とパイプを持っていると宗内で噂されていたことから、電話盗聴の対象となったと思われた。

ただ、私はこのように冷静に分析しながらも事件の重要性に心臓の鼓動が高まってくるのがわかった。

僧侶Aは、このようにして、資料と録音テープを私に提供してくれた。

ところがである。その際、僧侶Aから次のような条件がつけられた。

「この一連の電話盗聴について、宗内に波紋が起るような形で報道をしてもらえたらありがたい。ただし、最低一カ月は経ってからにしてもらいたいんです……。この資料や録音テープは、まだ宗内では限られた人間しか入手していないだろうし、すぐに出してしまうと私が情報を漏洩したと疑われる危険性があるので、よろしくお願いしたいんです。だから、この情報がある程度、宗内に広がるまでは出さないでください」

僧侶Aはここでひと息ついて、さらに言いづらそうに私に言った。

「実はもう一つお願いがあるんです。御前さんの名前は、報道では一切出さないでほしいんです……」

「……」

私は僧侶Aが言わんとすることがわからなかった。電話盗聴の命令者が阿部日顕であることにこそ最大の事件性があるというのに、それを出すなとはどういうことかと私は怪訝な顔で僧侶Aを見つめた。しばらく沈黙の時が流れたように思われる。僧侶Aが気まずい雰囲気の中で口を開いた。

「命令者が御前さんであることを知っている人間は限られているんです。それに、御前さんがこの電話盗聴事件の最高命令者だとわかると、今の宗門の圧制下では沈黙するだけでしょう。まずは宗内で妙観講を糾弾する声をあげさせて、御前さんの自らの手で妙観講を始末させるところまで追い込みたいんです。たとえそこまで追い込みきれなくても、御前さん、小川、大草らが互いに反目しあえば宗内の浄化が進むでしょう。浄化が進めば、次の法主の時代には僧俗和合の芽も出てくるんじゃないでしょうか」

私は報道する側の者として、阿部日顕が電話盗聴の最高命令者であることを報じるべきであると思ったが、ここはまず僧侶Aの条件を呑み、その条件下で宗内に知らせることによって一石を投じ、その反応を見たいと思った。妙観講や電話盗聴に関与した出家があわてふためき、ドジな対応をするであろうことは目に見えていた。私はそれらを見極め、それからじっくり自らの手で単行本を書けばよいと考えた。

私は僧侶Aから資料と録音テープを受け取り、私の経営する(株)報恩社の編集部に持ち帰り分析を始めた。

Page
Top