北林芳典の公式ウェブサイト 著作・発行物の紹介、教学に関する論文や裁判履歴・記録など

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「断簡17 錫杖の音」の概略

昭和53年、「御本尊模刻問題」が惹起したが、全ての御本尊は細井管長が許可したものであった。昭和54年3月、福島源次郎の大牟田舌禍事件が宗門の反発を買い、池田会長は勇退に追い込まれた。しかし同年7月に細井管長が死去。山崎はその葬列に大講頭として参加し、その姿を銀行幹部に見せることで、細井管長の死をも金儲けの手段にした。

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